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菅首相vs安倍首相 名誉毀損裁判 東京地方裁判所 判決文全文

主文


1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由


第1 請求


1 被告は,原告に対し,被告が管理するメールマガジンに,別紙謝罪記事目録記載の記事を掲載し,これを2年以上掲載し続けよ。
2 被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成23年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

第2 事案の概要

 

 本件は,a党所属の国会議員であり平成23年5月当時内閣総理大臣の職にあった原告が,b党所属の国会議員であり平成18年9月から平成19年9月まで及び平成24年12月以降現在まで内閣総理大臣の職にある被告に対し,平成23年5月20日,被告が開設するウェブサイト(以下「本件サイト」という。)から「X総理の海水注入指示はでっち上げ」と題して福島第一原子力発電所事故(以下「本件事故」という。)の対応を批判するメールマガジン記事(以下「本件記事」という。)が発信されたことによって原告の名誉が毀損され,その内容が事実と異なることが判明した後も本件サイトにバックナンバーとして本件記事が掲載されていたと主張して,①不法行為に基づき,損害賠償として慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する不法行為の日の後の日である平成23年5月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,②民法723条に基づく名誉回復措置として謝罪記事の掲載をそれぞれ求める事案である。

 

1 前提事実(争いのない事実以外は,各項掲記の証拠等により認める。)


(1) 当事者等

ア 原告は,a党所属の国会議員衆議院議員)であり,平成22年6月8日から平成23年9月2日まで内閣総理大臣の職にあった。原告は,東京工業大学応用物理学科を卒業している。
イ 被告は,b党所属の国会議員衆議院議員)であり,平成18年9月26日から平成19年9月26日まで及び平成24年12月26日から現在まで内閣総理大臣の職にある。
 被告は,自身の運営する本件サイトにおいてメールマガジンを発行しており,そのバックナンバーを本件サイト上で公開していた。

(2) 本件事故の発生
 平成23年3月11日(以下,月日のみを摘示している事実は平成23年のものを指す。),東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)が発生し,東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の設置,管理する東京電力福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)において,全交流電源が失われ,原子炉を冷却することができなくなり,原子炉が損傷する本件事故が発生した。

(3) 海水注入をめぐる本件事故への対応
ア 本件地震の発生後,福島第一原発の1号機(以下,単に「1号機」ということもある。)等では,原子炉を冷却するため,原子炉容器内に淡水を注入していたが,淡水が枯渇したため,東京電力は,3月12日,1号機の原子炉容器内に海水を注入する方針を決定した。

イ 一方,首相官邸においても,3月12日午後6時頃から,内閣総理大臣である原告,A経済産業大臣(当時の役職。以下「A大臣」という。),原子力安全委員会委員長であるB(当時の役職。以下「B委員長」という。),原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)の職員らが集まり,20分程度,原子炉容器内に海水を注入することについて話合いをした(以下「本件会議」という。)。
 本件会議には,原告の指示によって東京電力の説明者として官邸内に待機していた東京電力のCフェロー(当時の役職。以下「Cフェロー」という。)も参加した。(乙1)

ウ 福島第一原発の所長であるD(当時の役職。以下「D所長」という。)は,同日午後7時04分,準備が整ったとして1号機の原子炉容器に海水を注入する措置を開始したが,首相官邸にいたCフェローは,この事実を知らされておらず,午後7時25分頃,D所長に電話をした際,海水注入を始めた事実を聞かされ,官邸の了解が得られていないとしてこれを停止するように求めた。
 D所長は,東京電力の本店対策室に対してこれを受け入れる旨回答しつつ,密かに海水注入を継続することにしたため,実際には海水注入が中断されることはなかった。(甲7,乙1,15)

エ 原告は,既に1号機に海水が注入されていた事実を知らされないまま,同日午後7時40分頃,保安院の職員等から本件会議で出された問題の検討結果について説明を受け,午後7時55分頃,A大臣に対し,準備でき次第海水注入を開始するように指示した。(甲19)

オ 首相官邸は,3月12日午後8時50分頃,本件事故に関する政府の対応を時系列で説明するウェブサイトのページにおいて,午後6時に「福島第一原発について,真水による処理はあきらめ海水を使え」との総理大臣指示がされた旨を公表し,原告も,その頃,自らマスコミに対し,同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表した。(乙18,24,25)

(4) 海水注入をめぐるA大臣の国会答弁及び東京電力の説明
 A大臣は,5月2日の参議院予算委員会において,3月12日午後7時04分に1号機の海水注入試験を開始したが,午後7時25分にこれを停止し,午後8時20分にホウ酸を混ぜた海水注入を開始した旨答弁した。また,東京電力は,5月16日,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したが,午後7時25分にこれを停止し,午後8時20分に海水及びホウ酸による注水を開始した旨を公表した。(乙21,27)

(5) マスコミの報道
 TBSテレビの報道番組「○○」は,5月20日午後5時48分から同50分にかけて1号機の海水注入の問題点について取り上げ,東京電力は3月12日午後7時04分に海水注入を開始したが,政府関係者らの話によると,同事実を官邸に報告したところ,官邸側が「事前の相談がなかった」として東京電力の対応を批判し,海水注入をただちに中止するよう指示したため,同日午後7時25分に海水注入が中断された旨報道した。(乙24)

(6) 本件記事の発信とその内容
 被告は,5月20日午後7時頃,本件サイトから「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事を発信した。
 本件記事の内容は,次のとおりである。
 「福島第一原発問題でX首相の唯一の英断と言われている「3月12日の海水注入の指示。」が,実は全くのでっち上げであることが明らかになりました。
 複数の関係者の証言によると,事実は次の通りです。
 12日19時04分に海水注入を開始。
 同時に官邸に報告したところ,X総理が「俺は聞いていない!」と激怒。
 官邸から東電への電話で,19時25分海水注入を中断。
 実務者,識者の説得で20時20分注入再開。
 実際は,東電はマニュアル通り淡水が切れた後,海水を注入しようと考えており,実行した。
 しかし,やっと始まった海水注入を止めたのは,何とX総理その人だったのです。
 この事実を糊塗する為最初の注入を「試験注入」として,止めてしまった事をごまかし,そしてなんと海水注入をX総理の英断とのウソを側近は新聞・テレビにばらまいたのです。
 これが真実です。
 X総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。」

(7) 東京電力による海水注入をめぐる事実関係の訂正
 東京電力は,5月26日,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したところ,Cフェローから「海水注入について首相の了解が得られていない」との報告を受け,一旦海水注入を停止することとしたが,「事故の進展を防止するためには,原子炉への注水の継続が何よりも重要」とのD所長の判断により,実際には海水注入は停止されず継続していたことが判明した旨を公表し,翌朝の新聞がこれを報道した。(甲2,乙7)

(8) 本件記事の掲載継続と削除
 被告は,本件サイトにおいて本件記事をバックナンバーとして公表していたが,遅くとも平成27年5月頃までに本件記事を含む過去のメールマガジン記事を本件サイト上から削除した。

 

2 争点


(1) 本件記事の摘示事実及び原告の社会的評価の低下


(原告の主張)
 本件記事は,3月12日午後7時04分に東京電力が開始した海水注入について,その報告を受けた原告が「俺は聞いていない」と激怒して止めさせたが,その後,実務家と識者が原告を説得した結果,同日午後8時20分に海水注入が再開されたという事実(以下「摘示事実1」という。)及び原告が同日午後7時04分に開始された海水注入を「試験注入」として,同日19時25分に海水注入を止めたことをごまかし,海水注入が原告の英断であるとの嘘をついたという事実(以下「摘示事実2」という。)を摘示した上,これらの事実を前提として,原告が誤った判断と嘘をついたことについて国民に謝罪し,直ちに辞任すべきであるとの意見,論評を行ったものというべきである。

 そうすると,本件記事は,原子炉を冷却することができず危険な状態になっていた福島第一原発には海水の注入が必要であり,現にこれが実施されていたにもかかわらず,原告がこれを中止させるという誤った判断を犯し,それだけでなく,この事実を隠蔽し,逆に海水注入を自身の英断であるというでっち上げを行い,国民に嘘をついたとの事実を摘示するものであり,行政府の長である内閣総理大臣として陣頭指揮をとっていた原告の社会的評価を低下させるものである。

 

(被告の主張)
ア 本件記事の摘示事実
(ア) 摘示事実1に関して
 本件記事前段は,原告が海水注入の停止を指示した事実を摘示したものではなく,原告の行動が原因となって官邸から東京電力へ海水注入中断の指示が入った事実を前提として,このような事態を招いた責任が内閣総理大臣である原告にあるという趣旨の論評を述べたものである。

 本件記事は,本文において「12日19時04分に海水注入を開始。同時に官邸に報告したところ,X総理が「俺は聞いていない!」と激怒。官邸から東電への電話で,19時25分海水注入を中断。実務者,識者の説得で20時20分注入再会。」と述べるところ,これは,開始されていた海水注入に対し,原告が激怒したことを受け,官邸が東京電力に電話をかけて海水注入を中断させたという事実を指摘するものであって,原告が中断を指示したという事実ではなく,原告の言動に起因して海水注入が中断されたという事実を摘示するものである。そして,本件記事本文の「やっと始まった海水注入を止めたのは,何とX総理その人だったのです。」との記述は,上記のような原告の言動に対する批判の意見ないし論評である。

(イ) 摘示事実2に関して
 本件記事後段は,原告の側近が当初の海水注入を「試験注入」と称し,海水注入が中断したことをごまかした事実及び海水注入の指示が原告によってなされたとの誤った内容を公表していた事実を前提として,側近の行動も含めて官邸の最高責任者として原告が責任を負うべきであるとの趣旨の論評を行ったものである。

イ 原告の社会的評価の低下について
(ア) 本件記事の発信前に,テレビ報道において本件記事と同内容の報道がされており,同報道によって既に原告の社会的評価が低下していたというべきであるから,本件記事によって原告の社会的評価が低下したとはいえない。

(イ) 本件記事が掲載された直後,D所長の判断によって実際には海水注入が中断していなかったという事実が広く公開された。そうすると,読者は,同事実を前提として本件記事の内容を理解するのであるから,海水注入が中断したということに関して原告の社会的評価が低下することはない。

(ウ) 本件記事は,対立政党の党首であり時の内閣総理大臣に対する野党議員の政治論争である。国会議員には自由かっ達な議論がなされることが期待され,そのため院内における発言等については責任を問われることがない。本件事故は,原子炉のメルトダウンを招きかねない国民の生命身体財産に直結する重大な事故であり,原告の行政能力は国民最大の関心事であった。このような中で政権を厳しく監視するには野党議員が政権の統治行為に少しでも疑念があれば追及する態度が肝腎であり,一から百まで裏取りをしてからの指摘は事実上無理である。しかも,原子力災害の対応は一刻を争うものであるから,事実関係を確認する時間にも制約がある。本件記事は,このような状況の下で配信されたものであり,読者もそのような状況下での記事であることを承知しており,一方当事者の議員の発言を報道機関の報道と同様にそのまま全てが真実であると措信することはなく,本件記事が端緒となって国会などで政治的議論が交わされ,真実が見えてくることを期待しているのであるから,本件記事は直ちに原告の社会的信用を低下させるものではない。

 

(2) 真実性又は相当性の抗弁


(被告の主張)
 本件記事は,世界中で注目された本件事故の対応について,野党の衆議院議員の職責として報じたものであるから,公共の利害に係る事実に関し,公益を図る目的でされたことは明らかである。
 また,後記のとおり,本件記事が摘示する事実及び意見ないし論評の前提となっている事実は,その重要部分について,いずれも真実であるか又は被告において真実であると信じたことについて相当な理由があるから,本件記事について不法行為は成立しない。

ア 本件記事の重要部分
(ア) 摘示事実1について
 摘示事実1は,官邸から東京電力に対する働きかけにより海水注入が中断されたことについて,内閣総理大臣であった原告の責任を追及したものであるから,官邸から東京電力に海水注入中断を指示する旨の電話をせざるを得ないような原告の言動があったという事実,及びかかる原告の言動に起因して官邸から東京電力に電話があり,これによって海水注入が中断されたという事実は,重要な部分に当たるが,原告が「俺は聞いていない」と激怒したという事実は,重要部分には含まれないというべきである。

(イ) 摘示事実2について
 摘示事実2は,原告の側近の不適切な行動について,原告の管理監督上の責任を追及するものであるから,摘示事実の重要な部分は,原告の側近が,海水注入が中断されたことを「試験注入」とごまかし,原告の指示により海水注入が開始されたという嘘を流布したことが重要な部分に当たる。

イ 真実性について
(ア) 摘示事実1について
 首相官邸において本件会議が開かれ海水注入に関する検討がされた際,原告は,その場にいた者が海水注入の実施に異論を唱えていなかったにもかかわらず,ただ一人,海水注入について,「再臨界の可能性はないのか」,「海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか,君らは水素爆発はないと言っていたじゃないか,それが再臨界はないって言えるのか。そのへんの整理をもう一度しろ」,「わかっているのか,塩が入っているんだぞ,その影響は考えたのか」などと激怒し喚きだし,海水注入に再臨界の危険性があるとの強い懸念を示し,本件会議を一旦中断して関係者らに海水注入について再検討するよう指示したのであるから,官邸から東京電力に対して海水注入の中断を指示する旨の電話をせざるを得ないような原告の言動があったことは,真実である。

 そして,これを受け,官邸において本件会議に参加していたCフェローは,官邸からD所長に電話をかけ,既に1号機に海水を注入していると答えたD所長に対し,「おいおい,やってんのか,止めろ」,「おまえ,うるせえ,官邸が,もうグジグジ言ってんだよ」と,海水注入の中断を指示したのであるから,原告の上記言動に起因して,官邸から東京電力に海水注入中断を指示する旨の電話があったことも真実である。

(イ) 摘示事実2について
 原告を本部長とする原子力災害対策本部は,A大臣が官邸にいたCフェローに対し口頭で海水注入を命じる措置命令を発し,午後7時04分に海水注入を開始したという真実を隠し,官邸のウェブサイトを通じて原告の指示により海水注入が開始されたという嘘を流布した。
 したがって,原告の側近が原告の指示により海水注入が開始されたという嘘を流布したことは真実である。

 また,A大臣は,前記1(4)のとおり,5月2日の参議院予算委員会において,3月12日午後7時04分に1号機の海水注入試験を開始したが,午後7時25分にこれを停止し,午後8時20分にホウ酸を混ぜた海水注入を開始した旨答弁しており,海水注入中断という事実は真実ではなかったが,海水注入が中断されたとの認識の下に,原告の側近が海水注入が中断されたことを「試験注入」とごまかしたことは,真実である。

ウ 相当性について
(ア) 摘示事実1について
 仮に前記イ(ア)が真実でないとしても,原告の言動に関する記述は当時の官邸にいた者の話や新聞報道等から真実であると判断したものであり,真実と信じるにつき相当な理由があった。
 また,実際には,現場の判断により海水注入は中断されていなかったが,当時は広く海水注入が中断されたとの報道がされており,海水注入が継続していたことは福島第一原発にいた一部の者しか知らなかった事実であるから,海水注入が中断した事実を真実であると信じたことにも相当な理由がある。

(イ) 摘示事実2について
 仮に前記イ(イ)が真実でないとしても,上記(ア)同様,当時の官邸にいた者の話,新聞報道等から真実であると判断したものであり,真実と信じるにつき相当な理由があった。

 

(原告の主張)
 本件記事の摘示事実は,いずれも真実ではなく,真実であると信ずるにつき相当な理由もない。
ア 本件記事の重要部分
 摘示事実1について,本件記事は,その内容に照らすと,原告が既に始まった海水注入に対し,理不尽な怒りをぶつけてこれを止めさせたとの趣旨と理解すべきであるから,原告が海水注入の事実を聞いた上で「俺は聞いていない」と激怒したという事実は,重要部分に当たる。
 また,本件記事は,福島第一原発の危機的状況において海水注入が中断したことについて原告を批判する内容であるから,実際に海水注入が中断したことも重要部分に当たるというべきである。

イ 真実性について
(ア) 摘示事実1について
a 本件会議は,3月12日の午後6時頃から20分程度行われたものであるから,そもそも本件会議の時点では海水注入は開始しておらず,原告は,3月12日午後7時04分に海水注入が開始した事実も聞かされていなかったから,原告が「俺は聞いていない」と激怒して海水注入を中断させることはあり得ない。本件会議では,淡水が切れたら海水を注入するということを当然の前提としており,原告も同様の認識を有していた。東京電力の職員から海水注入の準備が整うまでに1時間半ほどかかるとの説明がされたため,原告は,B委員長を始めとする原子力安全委員会保安院東京電力の職員らに対し,海水注入の準備が整うまでの間に海水注入に伴う塩による腐食の問題を検討するように言ったにすぎない。再臨界の問題は,これとは別に本件会議においてB委員長が再臨界の可能性があるとの趣旨を述べたため,上記検討と併せて再臨界の問題についても検討することを求めたものであり,海水注入に反対する趣旨ではなかった。同席者の中には,原告の質問が海水注入との関係でなされたと誤解した者がいたかもしれないが,それは原子力ないし理系の知識を有していない故の誤解である。

 したがって,原告が海水注入に異論を唱えたり,ましてや海水注入の事実を聞いて激怒したりこれを中断させようとしたという事実はない。
 また,東京電力による海水注入の開始は午後7時04分であり,午後8時20分に開始されたというのも事実に反し,午後7時04分に開始された海水注入はその後中断されることもなかったから,この点も事実に反する。

b 本件記事は「官邸からの電話」としているところ,これは原告の支配下にある者からの指示,すなわち原告の指示と同視できるもののみが該当するというべきである。そうすると,福島第一原発へ電話をしたCフェローは東京電力の社員であって,官邸職員ではないから,同人からの電話をもって,原告からの指示と同視することはできない。

 Cフェローは,官邸内の政府関係者に海水注入が開始されている事実等を伝えないまま自身の判断によって海水注入の中断を指示していたものであって,同人の電話について原告が批判されるべき理由はない。

c したがって,摘示事実1は重要部分において真実であるということはできない。

(イ) 摘示事実2について
 客観的事実として午後7時04分に開始された海水注入が午後7時25分に止められたことはなかったのであり,また,原告は,午後7時04分に海水注入がされたことを知らなかったのであるから,これを「試験注入」にすぎないとしたことはなく,午後7時25分の海水注入停止をごまかしたこともない。

 また,「試験注入」との語は,上記のとおり,官邸とは無関係に海水注入の中断を決めた東京電力が中断の事実を説明をするために作った用語であり,東京電力の説明を受けた者が,そのまま説明したものであって,官邸内の職員等原告の指揮下にある者らが「試験注入」という言葉を使ったわけではない。
 海水注入は,1号機の冷却を図らなければならない当時の緊迫した状況の中では当然の対応策であり,海水注入をしないなどという選択はあり得なかったから,そのような当然の対応をしたことを「英断」などという必要は皆無であった。
 したがって,摘示事実2は重要部分において真実であるということはできない。

ウ 相当性について
 被告の指摘する政府関係者について,その属性や素性等が明らかでないばかりか,反対尋問を経た証言もないのであるから,これを信用することはできない。また,新聞報道等に基づく判断は,真実であると信じたことについて相当な理由があることの根拠とはならない。

 

(3) 本件記事を削除することなく掲載を継続したことについて被告に不法行為が成立するか

 

(原告の主張)
ア 被告が本件記事を掲載した後である5月27日,海水注入が中断した事実はないことが報道され,被告は,同事実を前提とする摘示事実1及び同2がいずれも事実ではないことを認識するに至った。

イ 新聞や雑誌等のメディアにおいては,名誉毀損となる記事が掲載された媒体が発行されれば,後に事実ではないことが明らかとなったとしてもこれらの媒体の回収が極めて困難である。一方で,インターネットを利用した記事の場合,削除又は修正が容易であるにもかかわらず広く全国,全世界で閲覧が可能であるという特殊性があることからすると,インターネットメディアを利用する者は,その特性に応じ,記事の誤りが判明した場合は当該記事を削除するなどしてそれ以上名誉毀損による損害が継続,拡大しないよう防止すべき義務を条理上負っているというべきである。

ウ したがって,被告が本件記事の内容は真実でないと認識した5月27日以降も約4年間にわたって本件記事を掲載し続けたことは,上記義務に反し,不法行為を構成する。

 

(被告の主張)
ア 本件記事は,被告の運営する本件サイトにアクセスした上,メールマガジンバックナンバーのページにアクセスする必要があるから,公然と摘示しているとはいえない。

イ 本件記事の公表後,原告や当時の政府関係者は,国会における答弁等において本件記事の指摘する海水注入をめぐる経緯やその後の官邸発表等について説明を行っており,その内容は広く報道等されているところ,これらを併せて読む一般の読者においては,被告の意見である本件記事を読んだとしても,上記原告らの反論を踏まえて理解するから,本件記事の掲載を継続していたとしても,これにより原告の社会的評価が低下するということはない。

ウ 表現の自由が民主主義を支える重要な人権として優越的地位にあること,本件記事は,当時の内閣総理大臣としての原告の言動について,野党議員である被告が批判をしたものであることを考慮すれば,仮に本件記事に掲載後真実でないことが明らかとなった部分が含まれているとしても,その掲載の継続が違法となるのは,①記事の内容が真実ではないことが明白になり,②これによって原告に重大な名誉毀損を生じさせ,③表現の自由との関係を考慮しても当該記事をそのまま掲載し続けることが社会的な許容の限度を超えると判断される場合に限られると解するべきである。

 そうすると,本件は,①海水注入の中断がなかったという記事の一部分についてのみ真実でないことが明らかになったにすぎず,②本件記事の大部分は真実である上,一般人においても,対立野党の議員である被告において内閣総理大臣である原告を批判する内容であることは当然に理解しており,海水注入の中断がなかったという事実も広く知れ渡ることとなったのであるから,これらを前提として記事の内容を理解することから,原告にもたらす不利益は大きくない。さらに,③内閣総理大臣の言動に対する批判的言論が事後的にでも名誉毀損として違法となるのであれば,民主主義の根幹たる表現活動が萎縮する結果となるから,表現の自由との関係で影響は大きく,社会的許容限度を超えるとはいえないというべきである。

(4) 原告に生じた損害
(原告の主張)
 本件記事の内容が明白に虚偽であること,その内容が翌日の全国紙で大々的に報じられたこと,2年以上の間掲載され,原告からの再三の削除要求にも被告が応じていないこと,選挙期間中も閲覧可能であり,原告及び原告が所属するa党を攻撃する意図から掲載しているものであること等を考慮すると,原告に生じた精神的損害は,金銭に換算すると1000万円は下らない。
 また,原告は本件訴訟を弁護士に依頼しているところ,その費用としては100万円が相当である。

 

(被告の主張)
 争う。

 

(5) 名誉回復措置としての謝罪広告


(原告の主張)
 原告は,行政府の長である内閣総理大臣として,予断を許さない本件事故の対応のため陣頭指揮に当たっていたところ,本件記事は,原告が極めて利己的な立場から激怒して海水注入を止めさせようとした上,その事実を隠蔽し,逆に海水注入を自身の英断であるというでっちあげを行い国民に嘘をついていると指摘するものであって,原告の名誉を著しく毀損するものであるから,名誉回復のための措置として,謝罪広告の掲載を求める。

 

(被告の主張)
 争う。

 

第3 争点に対する判断
1 認定事実
 前記第2の1の前提事実及び証拠(各項掲記のもののほか,甲19,乙36~38)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 福島第一原発における事故発生後の経緯
ア 3月11日午後2時46分,本件地震が発生し,福島第一原発の原子炉は緊急停止した。そして,午後3時27分と同35分にそれぞれ上記地震に伴って発生した津波が到達し,これにより福島第一原発は,全交流電源を喪失した。
 そこで,東京電力は,午後3時42分頃,原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」という。)10条1項に基づき,上記全交流電源の喪失の事実を政府等に通報し,また,午後4時45分頃には1号機の原子炉水位が確認できず注水状況が不明になったとして,原災法15条1項の規定に基づく特定事象(非常用炉心冷却装置注水不能)の発生を通報した。

 原告は,A大臣らから上記通報内容の説明を受け,午後7時03分,原子力緊急事態宣言を発令し,原告を本部長,A大臣を副本部長とする原子力災害対策本部を設置した。
 また,原告は,官邸において福島第一原発の状況を十分に把握できていないと考え,B委員長らと共に翌12日午前6時15分頃,官邸を発ち,午前7時11分頃,福島第一原発に到着してD所長と面会し,現地の状況を視察した。(乙1,2)

イ 福島第一原発のD所長は,原子炉を冷却するため防火水槽内の淡水を使用していたが,3月12日正午頃,淡水が枯渇した場合には,福島第一原発3号機タービン建屋前に津波で溜まっていた海水を1号機の原子炉容器内に注入することを決め,消防ホースを準備するように職員らに指示し,テレビ会議システムを通じてD所長と連絡を取り合っていた東京電力本店の対策室もこれを了承した。(甲7,乙3)

ウ 同日午後2時53分頃,防火水槽内の淡水が枯渇したため,東京電力は,同日午後3時18分,「異常事態連絡様式(第2期以降)(原子炉施設)」と題する定型書類に「今後,準備が整い次第,消火系にて海水を炉内に注入する予定」と記載して,首相官邸内の内閣情報集約センター及び保安院ファクシミリ送信した。(乙3・10頁,乙10)

エ ところが,同日午後3時36分頃,1号機の原子炉建屋において水素爆発が起きたため,1号機原子炉容器内に海水を注入するための準備作業は中断された。

(2) 本件会議の状況とCフェローのD所長に対する指示
ア A大臣は,同日午後5時55分頃,官邸にいたCフェローに対し,1号機に海水注入をするように指示し,保安院に対して,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉規制法」という。)64条3項に基づく措置命令発出の準備をするよう指示した。Cフェローは,A大臣からの上記指示を,同日午後6時05分頃,東京電力の本店に伝達した。(乙2,3,10)

イ 前記第2の1(3)イのとおり,官邸内においては,同日午後6時頃から同6時20分頃まで,原告,A大臣,B委員長,保安院の職員,Cフェローらが集まり,1号機への海水注入に関する検討がされた(本件会議)。
 Cフェローは,本件会議において,原告に対し,淡水が枯渇したため,1号機に海水を注入する予定であり,その準備に約1時間半ほど時間がかかるとの説明をした。原告は,海水を注入することによる原子炉の腐食の可能性について質問したほか,B委員長に対し再臨界の可能性はないのかと尋ねた。これに対し,B委員長が再臨界の「可能性はゼロではない」と回答したため,原告は,海水中にホウ酸を投入するなど再臨界を防ぐための方法を検討するように求め,本件会議は散会となった。(乙1,2,15,32~34)

ウ 一方,D所長は,前記第2の1(3)ウのとおり,同日午後7時04分,準備が整ったとして1号機の原子炉容器内に海水を注入する作業を開始したが,官邸にいたCフェローは,このことを知らず,午後7時25分頃,注入開始時刻の目安を把握するため,福島第一原発のD所長に電話をかけた際に,既に海水注入を開始していると知らされた。Cフェローは,これに驚き,D所長に対し,官邸で海水注入の了解が得られていないとして海水注入を停止するよう求め,納得しないD所長に対し,「おまえ,うるせえ,官邸が,もうグジグジ言ってんだよ。」などと声を上げた。
 東京電力の本店対策室も,D所長に対して海水注入の停止を指示したことから,D所長は,表向きこれを受け入れる旨返事をしたが,実際にはこの指示には従わず,密かに海水注入を続けたため,実際には海水注入が中断されることはなかった。(甲7,乙1,5,15)

エ B委員長,保安院の職員,Cフェローらは,同日午後7時40分頃,原告に対し,本件会議において示された検討事項について検討結果を報告したが,Cフェローは,午後7時04分から既に1号機の原子炉容器内に海水注入がされていた事実を原告やA大臣らには伝えず,原告は,そのことを知らないまま,午後7時55分,経済産業大臣であるA大臣に対し,海水注入を指示した。
 また,午後8時05分には海水注入を命ずる経済産業大臣名の命令文書が作成され,Cフェローから東京電力本店に対し,海水注入の許可が得られた旨の報告がされた。(甲7・9頁,乙10)

(3) 官邸発表等
ア 前記第2の1(3)オのとおり,首相官邸は,3月12日午後8時50分頃,本件事故に関する政府の対応を時系列で説明するウェブサイトのページにおいて,午後6時に「福島第一原発について,真水による処理はあきらめ海水を使え」との総理大臣指示がされた旨を公表し,原告も,その頃,自らマスコミに対し,同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表した。(乙18,24,25)

イ A大臣は,5月2日,参議院予算委員会において,3月12日午後7時04分に,東京電力が1号機に対する「海水注入試験」を開始し,午後7時25分に停止したこと,「総理からの本格的な注水をやれ」との指示を受け,午後8時20分,1号機に対し,消火系ラインを使用して海水注入を開始し,海水には水素爆発を防ぐためホウ酸を混ぜたことなどを答弁した。(乙27)

ウ E内閣総理大臣補佐官(以下「E補佐官」という。)は,5月21日に実施された記者会見において,本件会議において海水注入するに際しての安全性を確認するよう原告から原子力安全委員会保安院に指示がされたこと,原告からは特に再臨界の危険性がないのかと確認がされ,それを受けてホウ酸を投入するなど再臨界を防ぐ方法を検討すべきだという話になり,本件会議が1時間ないし1時間半休憩となったこと,東京電力からは海水注入まで1時間ないし1時間半はかかるとの説明があったためその間しっかり検討するようにとの指示があったこと,官邸としては当初の海水注入の事実を把握していなかったこと,東京電力の担当者からは保安院に口頭で伝えた旨証言されているが,保安院には連絡を受けていたという記録は残っていないこと,3月12日午後7時40分に原告への説明がされ,その説明を受けて午後7時55分に原告が海水注入の指示をし,午後8時05分にA大臣から海水注入の命令が出されたことなどを説明した。(乙8,23)

(4) 本件事故に係る原告の対応についての関係者の認識
ア 緊急事態宣言の発令について
 前記(1)アのとおり,原告は,3月11日午後7時03分に本件事故について緊急事態宣言を発令し,原子力災害対策本部を設置したが,その際の状況について,A大臣は,平成24年5月17日,国会において組織された東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(以下「国会事故調」という。)の委員会において答弁しており,東京電力からの原災法15条に基づく通報を受けて同法16条の規定に基づく原子力緊急事態宣言の発令を求めるため原告のところを訪れた際,原告は「どこにその根拠があるのか。」などと述べたため,「総理の御理解を得るのに時間がかか」ったと説明した。(乙2・304頁)また,政府によって組織された東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(以下「政府事故調」という。)は,平成24年1月10日,E補佐官に対する聴取を行っているところ,E補佐官は,上記緊急事態宣言の発令に関して,「総理というのは,事態をすごく把握したい,自分が分かった上で対応したいというのがすごくある人なので,A大臣におまえ任せるから,そうなんだな,では緊急事態だというタイプの人ではないんです。特に,一番初めでしたから何が起こっているんだということを聞きたがったわけですよ。これは,Xさんのある種の性格もあるんですよ。」と振り返っている。(乙32・9頁)

イ 本件会議について
(ア) Cフェローは,平成24年3月28日に開かれた国会事故調の委員会において,本件会議について,「総理からは,いろいろ御質問がございました。特に,海水を注入するということで再臨界の可能性がないかとかいうことも含めて,ボロンを入れなくていいのかとか,それから,海水というのが臨界に与える影響はどういうことなんだ,メカニズムというと大げさかもしれませんが,原理的なそういったことですとか,あとは,準備状況がどういうふうに整っているのかといったような御質問がいろいろとございました。」と述べ,前記(2)ウのとおり,本件会議後,D所長に対して海水注入を中断するよう指示したことについて,「いつ海水注入ができるかということは,今後総理に早く御判断いただくために非常に必要なことだと思いましたので,発電所にもそのときは連絡をとりました。」,「発電所長からは,既に海水注入をしているという話がありました。それで,私としましては,総理に説明がまだ終わっていないということなものですから,こういう危機的な状況の全体としての統括をしておられる総理への御説明が終わっていないという中で海水注入がされているままでいるということが,水を入れるということの重要さと,一方で,全体的な統括をしていく上で今後もまだいろいろなことが起きるかもしれませんが,十分総理への御説明が終わっていない段階で現場の方が先行してしまっているということが将来の妨げになっても困るという両方の中で,なるたけ早く総理に御了解をいただく,そのための準備も十分整っているので,一旦注水をとめて,そして了解をいただいてすぐ再開するということで進めてはどうかということを申し上げました。」,「私の当時の思いとしましては,総理への御説明を終えて,間もなくきちんとした形で事が行えるようになるというふうに思っておりましたので,今後,全体のいろいろな対応をしていく上で,総理の責任者としての位置づけの中で進めていくということも重要だと思いました。」,「やはり最高責任者である総理の御理解を得て事を進めるということは重要だというふうには思っておりました。」などと述べている。(乙15・159~160頁)

(イ) 東京電力のF副社長(当時の役職)は,5月31日に国会内で開かれた東日本復興特別委員会において,海水注入の問題に関し,「緊急時体制の本部長であられます総理のもと,官邸の中で安全委員会の助言などを得ながら御検討が続いている状態だということがわかりました。総理の御了解を得ずにその後注水を継続するということが難しいということがわかった」,「官邸に派遣をしておりました者が,早期に注入を開始するという交渉,説明をしていたということで,短期間の中断となるだろうという見通しがあったことから,やむを得ず海水注入の中断を判断した」,「官邸に派遣をされていた者によりますと,官邸の中では,海水注入の実施のような具体的な施策につきまして総理が御判断されるという感じがあった」,「総理の御判断がない中でそれを実施するということはできない,そういう雰囲気,空気があったというふうに聞いております。」などと述べた。(乙3・40頁)

(ウ) A大臣は,平成24年2月8日の政府事故調の聴取において,海水注入をするように東京電力に指示したことを原告に報告したところ,「再臨界になったらどうするのだという質問が出た」,「突然その再臨界の話になったから,Bさんも,それにうまく答えられなかった」,「絶対ありませんとは言えなかった」と述べ(乙33・18頁),同年5月17日に開かれた国会事故調の委員会においても,当時を振り返り,淡水が切れた場合には海水で冷やす必要があると考えていたこと,そのため,自身の判断により原子炉規制法64条3項に基づく口頭命令を出したこと,その旨原告に報告したところ,原告から「再臨界の可能性はないのか」と言われたこと,「私は,よもや淡水から海水に変えて再臨界ということがあろうなどとは思っておりませんでしたけれども」,「その場にいたB委員長あるいは保安院の人間,あるいはCさんがやっぱりいろいろお話をしていたと思います。」と述べるとともに,東京電力のCフェローがD所長に電話をかけて海水注入を中断するよう指示したことについて,「内閣総理大臣というのは最高権力者でありますし,・・・特にやっぱり緊急時のときには内閣総理大臣に権限をかなり集中をさせますので,その意味では本当に大変な重責だなというふうに思いました。また,それを重く受け止めるんだなということは,万事にわたってそういうものだというふうに思いました。」と述べた。(乙2・306~307頁)

(エ) E補佐官は,平成24年1月10日の政府事故調の聴取において,3月12日の6時頃に「A大臣が海水注入をしようということで入って,総理が再臨界の危険はないのかと言い出した」,これに対して「B委員長が,可能性はゼロではない」との趣旨の回答をした,「真水がなくなったらすぐ海水だというのは当たり前だと思っていたので,Aさんが決めたらもうそれで入れるだろうと思ったわけです。ところが,総理が再臨界があるんじゃないかということを言い出して,そんなことがあるのかなと思って,専門家たるB委員長が有り得るというようなことを言ったものだから,すごく驚いたんですよね。まずいなと思ったんですよ。」「当時もう総理も大変なことだということで,やはり表現が相当直截になっていたんですよね。B委員長に「再臨界は本当にないのか」と聞いたんですよ。多分,B委員長はその気迫に押されたんですね。それで多分,ありませんとは言えなかったんです。」と述べた。(乙32・11,12頁)

(オ) G内閣総理大臣秘書官(当時の役職。以下「G秘書官」という。)は,平成24年1月13日の政府事故調の聴取において,海水注入について原告の確認を取るため報告に行ったところ,「総理は,海水を入れるということは当然塩が入っているわけなので,そこは本当に大丈夫なのかという点を質問された」,それに対してB委員長が「海水なので塩が入っていますから,余り長く入れていると腐食するかもしれませんし,塩が濃くなって詰まったりとか,塩が入ってくることによる問題がありますが,今は緊急事態なのでやらなければいけない」という説明をしたところ,「総理が「再臨界の可能性はないのか」という質問をされた」,それに対して「B委員長は「可能性はあります」というふうにおっしゃいました。」,「横で聞いて,私は本当に怖くなったんですね。本当に海水が入らなくなってしまうかもしれない。そうすると,危ないではないかという議論になって,そうしたら,総理は「だったら,その点は本当に大丈夫なのか」というふうになって,ちょっと再整理をしようということになったわけです。」,「要するに,次に総理に説明するときはいい加減な説明ができないので,ちゃんと安全委員会と保安院東京電力とみんな,再臨界の危険性はほとんどなくて,今はとにかく海水注入を急がなければいけないという説明をきちんとすり合わせして,7時40分ぐらいだったと思いますけれども,総理に再度説明をして」,了解をいただいたと述べた。(乙34・10,11頁)

(5) 本件事故に関する調査報告の内容
ア 政府事故調が作成した平成24年7月23日付け最終報告(乙1)は,本件事故への政府の対応に関して「官邸地下中2階や官邸5階での協議においては,単にプラントの状況に関して収集した情報を報告・説明するだけではなく,入手した情報を踏まえ,事態がどのように進展する可能性があるのか,それに対しいかなる対応をなすべきか,といった点についても議論され,その結果を踏まえ,主に東京電力のCフェローや同社担当部長が,同社本店やD所長に電話をかけ,最善と考えられる作業手順等(原子炉への注水に海水を用いるか否か,何号機に優先的に注水すべきかなど)を助言した場合もあった」が,「ほとんどの場合,既にD所長がこれらの助言内容と同旨の判断をし,その判断に基づき,現に具体的措置を講じ,又は講じようとしていたため,これらの助言が,現場における具体的措置に関する決定に影響を及ぼすことは少なかった。しかし,幾つかの場面では,東京電力本店やD所長が必要と考えていた措置が官邸からの助言に沿わないことがあり,その場合には,東京電力本店やD所長は,官邸からの助言を官邸からの指示と重く受け止めるなどして,現場における具体的措置に関する決定に影響を及ぼすこともあった。」と指摘した(196,197頁)。

イ 国会事故調が作成した平成24年6月28日付け報告書(乙5)は,「1号機の海水注入に当たっては,X総理の「再臨界」発言を契機に,官邸5階で議論が仕切り直しとなり,それを受けたCフェローからD所長に対し海水注入停止が指示され,D所長の判断によって海水注入が続行されるという混乱を招いた。」(325頁),「X総理は,福島第一原発に赴き,過酷な条件下で事故対応に専念していたD所長らに対し,ベントが実施されないことなどについて,いら立ちをぶつけた。A経産大臣は,官邸5階において実施が決まったベントがなかなか実施されないことによる焦りや東電に対する疑念等から,法律に基づくベント,海水注入の実施命令を発出し,次々に現場の事故対応に介入した。また,官邸政治家は,福島第一原発の現場を含む東電に対し,さまざまな質問,問い合わせを連発した。こうした官邸政治家の行動は,本事故対応における東電の当事者意識,つまり発電所の制御は東電の責任であるという意識を薄める結果をもたらした。」(326頁),「X総理は,1号機の海水注入がいったん中断されたことへの関与について,再臨界の可能性等を検討させたものの,注水の中止を指示してはいない,と主張する。しかし,総理の『再臨界』発言を契機に,官邸5階で海水注入の議論が仕切り直しとなり,それを受けたCフェローの報告によって東電本店が海水注入停止を決断するに至った。事業者として政府の監督を受ける東電側が,政府の代表者であるX総理ら官邸政治家の発言に過剰反応したり,あるいはその意向をおもんぱかった対応をする事態は十分に予期される。したがって官邸政治家は,そうした事態が起こる可能性を十分踏まえた上で発言すべきである。この点からすれば,総理が,注水停止の原因を過剰反応した者の対応に求めることには違和感がある。」(329頁)などと指摘した。

2 争点(1)(本件記事の摘示事実及び原告の社会的評価の低下)について
(1) 前記第2の1の前提事実によると,「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事は,当時,野党の国会議員であった被告が,現職の内閣総理大臣であった原告の本件事故の対応を批判したものであり,「複数の関係者の証言」による話として,
東京電力が3月12日午後7時04分に1号機の原子炉容器内に海水注入を開始した後,これを官邸に報告したところ,原告が「俺は聞いていない!」と激怒したこと,
②官邸から東京電力に対して電話があり,東京電力は午後7時25分に海水注入を中断したこと,
③実務者,識者が原告を説得し,午後8時20分に海水注入が再開されたこと,
④中断前の海水注入は「試験注入」であるとされたこと,
⑤海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したこと
の各事実を指摘した上,
①海水注入を中断させた原告の判断は誤っていたこと,
②原告が海水注入を中断させた事実を「糊塗」するため,中断前の海水注入を「試験注入」であると発表し,海水注入を原告の「英断」であるとの虚偽の事実を新聞やテレビに流したこと,
③以上の点について,原告は国民に謝罪し直ちに辞任すべきである
との意見ないし論評を述べるものというべきである。

(2) 前記1(1)のとおり,本件事故により,福島第一原発が全交流電源を喪失し,原子炉の注水状況が不明になり,原子炉建屋が水素爆発するなど,我が国はかつて経験したことのない非常事態に陥ったものであり,内閣総理大臣であった原告は,原子力緊急事態宣言を発令し,自らを本部長とする原子力災害対策本部を設置して最悪の事態を回避すべく陣頭指揮を執っていたものということができる。

 本件記事は,本件事故発生から2か月を過ぎた5月20日に当時野党の国会議員であった被告によって発信されたものであり,その内容は,本件事故の対応を批判し,原告の政治的責任を追及したものということができるが,本件記事の内容は,原告の内閣総理大臣としての資質に疑問を抱かせるものであるから,本件記事は原告の社会的評価を低下させるものということができる。

(3) この点,被告は,本件記事の発信前に,テレビ報道において本件記事と同内容の報道がされており,本件記事によって原告の社会的評価が低下したとはいえない旨主張するが,前記第2の1(5)のとおり,本件記事が発信された当時は,その直前に1社がいわば特報として報道したばかりの状況にあり,広く国民に知れ渡っていたということはできない上に,本件記事は,国会議員であり,しかもかつて内閣総理大臣まで務めた被告が「複数の関係者の証言」による話として発信したものであり,本件記事によって,原告の社会的信用は一層低下させられたと認められるから,被告の上記主張は,採用することができない。

 また,被告は,本件記事が掲載された直後,D所長の判断によって実際には海水注入が中断していなかったという事実が広く公開された旨主張するが,原告の言動によって海水注入が中断しかねない事態に至ったという事実は,海水注入が中断していたか否かにかかわらず原告の社会的信用を低下させるものというべきであるから,実際には中断していなかったとしても原告の社会的信用が害されなかったということはできず,被告の上記主張は,採用することができない。

 さらに,被告は,本件記事は,対立政党の党首であり時の内閣総理大臣に対する野党議員の政治論争であり,また,原子力災害の対応は一刻を争い,事実関係を確認する時間にも制約があって,読者もそのような状況下で作成された記事であることを承知しているから,本件記事は直ちに原告の社会的信用を低下させるものではない旨主張する。

 しかしながら,本件記事は,国会議員である被告が同じく国会議員である原告を政治的に批判したものであり,また,本件記事が事実関係を確認する時間に制約がある状況下で作成された記事であって,読者もそれを承知しているとしても,本件記事は,原告が内閣総理大臣として本件事故に対して適切に対応していなかったと述べるものであるから,本件記事によって原告の社会的信用が害されないということはできず,被告の上記主張も,採用することができない。

3 争点(2)(真実性又は相当性の抗弁)について
(1) 判断枠組み
 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁,最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。一方,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁,最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。

(2) 本件記事の趣旨とその公共性,公益性
 前記2(1)のとおり,「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事は,当時,野党の国会議員であった被告が,現職の内閣総理大臣であった原告の本件事故の対応を批判したものであり,
東京電力が3月12日午後7時04分に1号機の原子炉容器内に海水注入を開始した後,これを官邸に報告したところ,原告が「俺は聞いていない」と激怒したこと,
②官邸から東京電力に対して電話があり,東京電力は午後7時25分に海水注入を中断したこと,
③実務者,識者が原告を説得し,午後8時20分に海水注入が再開されたこと,
④中断前の海水注入は「試験注入」であるとされたこと,
⑤海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したこと
の各事実を指摘した上,
①海水注入を中断させた原告の判断は誤っていたこと,
②原告が海水注入を中断させた事実を「糊塗」するため,中断前の海水注入を「試験注入」であると発表し,海水注入を原告の「英断」であるとの虚偽の事実を新聞やテレビに流したこと,
③以上の点について,原告は国民に謝罪し直ちに辞任すべきであること
との意見ないし論評を述べ,原告の内閣総理大臣としての資質を問題とし,その政治責任を追及するものというべきである。

 一方で,前記第2の1(7)のとおり,本件記事が発信された後の5月26日,東京電力は,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したところ,Cフェローから「海水注入について首相の了解が得られていない」との報告を受け,一旦海水注入を停止することとしたが,「事故の進展を防止するためには,原子炉への注水の継続が何よりも重要」とのD所長の判断により,実際には海水注入は停止されず継続していたことが判明した旨を公表し,中断したとされた海水注入が継続していた事実が明らかになった。

 本件記事は,このことが明らかになる前に発信されたものであり,海水注入が中断された旨の記載がされているが,本件記事の主題は,内閣総理大臣であった原告に東京電力において開始した海水注入を中断させかねない振る舞いがあったことを批判し,本件記事の見出しのとおり,原告の指示によって海水注入が開始されたとの官邸の発表が事実に反することを問題にしたものというべきである。
 そして,本件記事は,上記のとおり,野党の国会議員であった被告が,本件事故の対応をめぐって,原告の内閣総理大臣としての資質を問題とし,その政治責任を追及するものであるから,本件記事の掲載が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあることは明らかである。

(3) 摘示事実の真実性について
ア 原告は,本件会議では,淡水が切れたら海水を注入するということを当然の前提としており,東京電力の職員から海水注入の準備が整うまでに1時間半ほどかかるとの説明がされたため,原告は,B委員長を始めとする原子力安全委員会保安院東京電力の職員らに対し,海水注入の準備が整うまでの間に海水注入に伴う塩による腐食の問題を検討するように言ったにすぎないとし,再臨界の問題は,これとは別に本件会議においてB委員長が再臨界の可能性があるとの趣旨を述べたため,上記検討と併せて再臨界の問題についても検討することを求めたものであり,同席者の中には,原告の再臨界の問題に関する質問が海水注入との関係でなされたと誤解した者がいたかもしれないが,それは原子力ないし理系の知識を有していない故の誤解である旨主張し,原告の陳述書(甲19)にはこれに沿う陳述部分がある。

イ しかしながら,本件事故の発生により,我が国はかつて経験したことのない非常事態に陥ったものであり,これに対し,内閣総理大臣であった原告が強力なリーダーシップを発揮しようとしたことは,前記1(4)アのとおり,A大臣が原子力緊急事態宣言の発令を求めた際に原告の理解を得るのに時間がかかったと述べ,E補佐官が原告は判断を人に任せる性格ではないと述べていること,さらには,前記1(1)ア,(5)イのとおり,原告が本件事故発生の翌朝には自ら福島第一原発に赴いてD所長と面会し,国会事故調の報告書において,原告は,「過酷な条件下で事故対応に専念していたD所長らに対し,ベントが実施されないことなどについて,いら立ちをぶつけた」と報告されていることからもうかがわれるところである。

 そして,前記1(4)イのとおり,本件会議に参加したA大臣,E補佐官,G秘書官及びCフェローは,海水注入を行うことを原告に報告したところ,原告から再臨界の可能性はないのかと質問されたと述べ,原告の質問の趣旨を海水注入によって再臨界するおそれがないかと問うものであると理解したものと認められ,同席したB委員長が原告の気迫に押されて再臨界もあり得ると答えてしまったため,E補佐官及びG秘書官は,このままでは海水注入ができなくなってしまうと懸念し,散会した後,改めて海水注入しても再臨界するおそれがないことを説明することにしたことが認められる。

 また,前記1(2)ウ,(4)イ(ア)のとおり,Cフェローは,「いつ海水注入ができるかということは,今後総理に早く御判断いただくために非常に必要なこと」であり,「最高責任者である総理の御理解を得て事を進めるということは重要だ」と考え,本件会議後の午後7時25分頃,注入開始時刻の目安を把握するため,福島第一原発のD所長に電話をかけたところ,既に海水注入を開始していると知らされてこれに驚き,D所長に対し,官邸で海水注入の了解が得られていないとして海水注入を停止するよう求め,納得しないD所長に対し,「おまえ,うるせえ,官邸が,もうグジグジ言ってんだよ。」などと声を上げたこと,東京電力の本店対策室も,D所長に対して海水注入の停止を指示したことから,D所長は,表向きこれを受け入れる旨返事をしたが,実際にはこの指示には従わず,密かに海水注入を続けたため,実際には海水注入が中断されることはなかったことが認められる。

 以上の点について,政府事故調は,「東京電力本店やD所長が必要と考えていた措置が官邸からの助言に沿わないことがあり,その場合には,東京電力本店やD所長は,官邸からの助言を官邸からの指示と重く受け止めるなどして,現場における具体的措置に関する決定に影響を及ぼすこともあった。」と指摘し,国会事故調は,「総理の『再臨界』発言を契機に,官邸5階で海水注入の議論が仕切り直しとなり,それを受けたCフェローの報告によって東電本店が海水注入停止を決断するに至った。事業者として政府の監督を受ける東電側が,政府の代表者であるX総理ら官邸政治家の発言に過剰反応したり,あるいはその意向をおもんぱかった対応をする事態は十分に予期される。したがって官邸政治家は,そうした事態が起こる可能性を十分踏まえた上で発言すべきである。この点からすれば,総理が,注水停止の原因を過剰反応した者の対応に求めることには違和感がある。」と指摘しているところである(前記1(5))。

ウ そうすると,原告が海水注入によって再臨界が生ずるおそれがあると考えていたか否かは別として,少なくとも本件会議に参加した者は,原告が海水注入との関係で再臨界の可能性を質問したと理解したことが認められ,にもかかわらず,原告の気迫に押されてその可能性を否定することができず,改めて検討して原告の了解を得ることになったものである。そして,本件会議後に海水注入が開始されたことを知ったCフェローは,官邸の了解が得られていないとして強い調子でD所長に海水注入の停止を求め,実際に海水注入が中断しかねない重大な事態をもたらしたものということができる。
 そうだとすると,内閣総理大臣である原告に東京電力において開始した海水注入を中断させかねない振る舞いがあったというべきであり,海水注入の中断に関する本件記事は,重要な部分において真実であったと認めるのが相当である。

エ また,前記1(3)のとおり,首相官邸は,3月12日午後8時50分頃,本件事故に関する政府の対応を時系列で説明するウェブサイトのページにおいて,午後6時に「福島第一原発について,真水による処理はあきらめ海水を使え」との総理大臣指示がされた旨を公表し,原告も,その頃,自らマスコミに対し,同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表したこと,A大臣は,5月2日,参議院予算委員会において,3月12日午後7時04分に,東京電力が1号機に対する「海水注入試験」を開始し,午後7時25分に停止したこと,「総理からの本格的な注水をやれ」と指示され,午後8時20分,1号機に対し,消火系ラインを使用し,海水注入を開始し,海水には水素爆発を防ぐため,ホウ酸を混ぜたことなどを答弁したことが認められる。

 しかしながら,実際は,前記1(1)イ,(2)エのとおり,海水注入の判断は,3月12日正午頃,D所長と東京電力本店の対策室との間で決定され,官邸の了解を得ることなく,午後7時04分には開始されており,原告が海水注入を了承しA大臣にその実施を指示したのは,午後7時55分であったのである。

 要するに,原子炉を冷却するために原子炉容器内に注入していた淡水が枯渇したため,東京電力は,準備でき次第,海水注入を行うことを早々に決めていたが,官邸は,その後の午後6時に「真水による処理はあきらめ海水を使え」との総理大臣指示が出されたと発表し,あたかも海水注入を渋る東京電力に対して海水を使うように原告が指示したと受け取ることができる情報を発信したということができる。また,A大臣は,国会において,午後7時04分に開始された海水注入を「海水注入試験」であったと説明し,これを午後7時25分頃に停止したこと(後に停止していなかったことが明らかになった。)について批判を招かないように配慮したと受け取ることができる答弁をしたのであるから,本件記事のうち,中断前の海水注入を「試験注入」であるとし,海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したことについても,その重要な部分は,真実であったと認めることができる。

(4) 論評としての相当性
 「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事は,前記(3)で述べた事実を指摘した上,
①海水注入を中断させた原告の判断は誤っていたこと,
②原告が海水注入を中断させた事実を「糊塗」するため,中断前の海水注入を「試験注入」であると発表し,海水注入を原告の「英断」であるとの虚偽の事実を新聞やテレビに流したこと,
③以上の点について,原告は国民に謝罪し直ちに辞任すべきであるとの意見ないし論評を述べるもの
であるが,本件記事は,当時野党の国会議員であった被告が,内閣総理大臣であった原告に対して政治的な責任を追及したものであることに鑑みると,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるということはできない。

4 争点(3)(本件記事を削除することなく掲載を継続したことについて被告に不法行為が成立するか)について
 前記第2の1(7)のとおり,東京電力は,5月26日,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したところ,Cフェローから「海水注入について首相の了解が得られていない」との報告を受け,一旦海水注入を停止することとしたが,「事故の進展を防止するためには,原子炉への注水の継続が何よりも重要」とのD所長の判断により,実際には海水注入は停止されず継続していたことが判明した旨を公表し,翌朝の新聞がこれを報道したことが認められるが,前記3(3)のとおり,本件記事が摘示した事実は,その重要な部分において真実と認められるものであり,本件記事は,飽くまでもこれがメールマガジン記事として発信された5月20日当時の記事であるとして,本件サイトのバックナンバーに掲載されたにすぎないことをも考え併せると,被告が本件サイトにおいて本件記事を削除することなく掲載を継続したことが不法行為に当たるということはできないというべきである。

第4 結論
 以上によれば,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がないから,これらをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 永谷典雄 裁判官 鈴木進介 裁判官 中田萌々)