菅首相vs安倍首相 名誉毀損裁判 東京高等裁判所 判決文全文

平成28年9月29日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成28年(ネ)第25号 メールマガジン記事削除等請求控訴事件
(原審東京地方裁判所平成25年(ワ)第18564号)
口頭弁論終結日平成28年7月14日

 

判決


東京都千代田区永田町2丁目2番1号 衆議院第一誌員会館512
控訴人       菅直人
訴訟代理人弁護士  喜田村洋一


東京都千代田区永田町2丁目2番1号 衆議院第一議員会館1212
控訴人      安倍晋三
訴訟代理人弁護士  古屋正隆
同         橋爪雄彦
同         岩佐孝仁

 

主文

 

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

事実及び理由

 

第1 控訴の主旨


1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人が管理するメールマガジンに、原判決別紙謝罪記事目録記載の記事を掲載し、これを2年以上掲載し続けよ。

3 被控訴人は、控訴人に対し、1100万円及びこれに対する平成23年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

第2 事案の概要


 本件は、平成23年5月当時内閣総理大臣の職にあった国会議員である控訴人が、同じく国会議員であり、平成18年9月から平成19年9月まで及び平成24年12月から現在まで内閣総理大臣の職ある被控訴人に対し被控訴人が、東日本大震災に伴う東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の事故(以下「本件事故」という。)に関する控訴人の対応について、内容虚偽の事実を記載した菅総理の海水注入指示はでっち上げ」と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載したメールマガジン(以下「本件メールマガジン」という。)を多数の者に対して配信し、さらに、被控訴人が開設し、管理するウエプサイト(以下「本件サイト」という。)に本件記事をパックナンバーとして掲載し続け、控訴人の名誉を毀損したと主張して、①不法行為に基づき;損害賠償として慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する不法行為日の後である平成23年5月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払及び②民法723条に基づく名誉回復措置として謝罪記事の掲載を求めている事案である:。

 原審は、控訴人の請求を棄却し、控訴人が、本件控訴を提起した。

 

1 前提事実(争いのない事実及び後掲各証拠により容易に認められる事実)

 

(1) 当事者等


 ア 控訴人は、民進党(平成28年3月以前は民主党)所属の衆議院議員であり、平成22年6月8日から平成23年9月2日まで内閣総理大臣の職にあった。控訴人は、東京工業大学応用物理学科卒業の経歴を有する。


 イ 被控訴人は、自由民主党所属の衆議院議員であり心平成18年9月26日から平成19年9月26日まで及び平成24年12月26日から現在まで内閣総理大臣の職にある。


 ウ 被控訴人は、平成23年5月当時、自身の運営する本件サイトを介して登録した者に対し自身の政治的意見等を記事として記載したメールマガジンを配信しており、そのバックナンバーを本件サイトに掲載して公表していた(甲6)。

(2) 本件事故の発生

 

 平成23年3月11日(以下、月日のみを摘示している事実は平成23年のものを指す。)午後2時46分頃発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)及びその後発生した津波により、同日午後3時42分頃、福島第一原発の1号機ないし4号機(以下、単に「1号機」というように略称することもある。)が全交流電源喪失の状態となり、その後1号機及び2号機について非常用炉心冷却装置による注水が確認できない状態となった(本件事故の発生)

 東京電力は、同日午後3時42分頃、原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」という。)10条1項に基づき、前記全交流電源喪失の事実を原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)に通報し、さらに同日午後4時45分頃、原災法15条1項及び平成24年文部科学・経済産業。国土交通省令3号による廃止前の原子力災害対策特別措置法施行規則21条1号ロ所定の特定事象(原子炉の運転中に沸騰水型軽水炉において当該原子炉への全ての給水機能が喪失した場合において、全ての非常用炉心冷却装置による当該原子炉への注水ができないこと。)が発生したとして、保安院にその旨報告した。これを受け、海江田万里経済産業大臣(以下「海江田大臣」という。)は、内閣総理大臣である控訴人に対して、原災法15条2項所定の原子力緊急事態宣言をすることについて了承を求め。。同日午後7時03分、政府は原子力緊急事態宣言をした(甲19、乙1)。

 

(3)海水注入の実施をめぐる動き

 

 ア 本件地震の発生直後、1号機では、原子炉を冷却するため、原子炉容器内に注水する措置がとられていたが、東京電力は、3月12日、淡水が枯渇した後に海水を注入する方針を決定した。

 

 イ 一方、内閣総理大臣官邸(以下「官邸」という。)においては、同日午後6時頃から、控訴人、細野豪志内閣総理大臣補佐官(以下「細野補佐官」という。)、海江田大臣、斑目春樹原子力安全委員会委員長(以下「斑目委員長」という。)及び保安院の職員らが集まり、20分間程度、1号機に海水を注入すること等について検討するための会議を行った(以下「本件会議」という。)。

 本件会議には、控訴人の指示により、東京電力の説明者として官邸内に待機していた東京電力の武黒一郎フェロー(以下「武黒フェロー」という。)も参加した。(甲19、乙1、乙32ないし34)

 

 ウ 福島第一原発の所長であった吉田昌郎(以下「吉田所長」という。)は、同日午後7時4分、準備が整ったとして1号機の原子炉に海水注入を開始し、同日午後7時25分頃、官邸にいた武黒フェローから海水注入を停止するように求められたが、海水注入を継続する指示をし続けたため、実際には海水注人が中断されることはなかった(甲7、乙1、5、15,35)。


 エ 控訴人は、同日午後7時55分頃、海江田大臣に対し、準備でき次第海水注入を開始するように指示した。なお、この段階において、控訴人は、1号機に海水注入が開始された事実を知らされていなかった(甲19、乙2、15)。

 

(4)海水注入をめぐる政府発表等


 3月12日午後8時50分頃、官邸ウェブサイトの本件事故に関する政府の対応を時系列で説明したページに「18:00 総理大臣指示」「福島第一原発について、真水による処理はあきらめ海水を使え」との記載がされた。控訴人は、その頃、自らマスコミ取材に応じ、同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表した(乙18,24,25)。

 

(5)本件記事の配信とその内容
控訴人は、5月20日午後7時頃、本件メールマガジンを配信したが、本件メールマガジンには、被控訴人の執筆にかかる菅総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事が掲載されていた。

 本件記事の内容は、次のとおりである。

 「福島第一原発問題で菅首相の雎ーの英断と言われている「3月12日の海水注入の指示。」が、実は全くのでっち上げである事が明らかになりました。
 複数の関係者の証言によると、事実は次の通りです。
 12日19時04分に海水注入を開始。
 同時に官邸に報告したところ、菅総理が「俺は聞いていない!」と激怒。
 官邸から東電への電話で、19時25分海水注入を中断。
 実務者、識者の説得で20時20分注入再会。(ママ)
 実際は、東電はマニュアル通り淡水が切れた後、海水を注入しようと考えており、実行した。

 しかし、やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです。

 この事実を糊塗する為最初の注入を「試験注入」として、止めてしまった事をごまかし、そしてなんと海水注入を菅総理の英断とのウソを側近は新聞・テレビにばらまいたのです。

 これが真実です。

 菅総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。」
(甲1、乙38)


(6)東京電力による海水注人を巡る事実関係の訂正


 5月26日、東京電力は、1号機への海水注入に関する時系列を訂正する報道発表を行い、3月12日午後7時25分頃、東京電力の官邸派遣者から「官邸では海水注入について首相の了解が得られていない」との連絡があり、いったん海水の注入を中止することとしたが、吉田所長の判断により、実際には1号機への海水注入は停止されす、継続していた旨の事実を公表し、5月27日の朝刊がこれを報道した(甲2、乙7)。


(7)本件記事の掲載継続と削除


 被控訴人は、5月20日に本件メールマガジンを配信した後、本件サイトにおいて本件出事をパックナンバーとして公表していたが、遅くとも平成27年5月頃までに本件記事を含む過去のメールマガジン記事を本件サイト上から削除した。

 

2 争点及び当事者の主張


 本件の争点は、①本件記事の摘示事実は何か及び同記事は控訴人の社会的評価を低下させるものか否か(争点1)、②真実性又は相当性の抗弁の成否(争点2)、③本件記事を被控訴人が管理する本件サイトに掲載し続けたことが不法行為に当たるか(争点3)、④控訴人に生じた損害(争点4)、⑤名誉回復措置としての謝罪広告の要否(争点5)であり、各争点についての当事者の主張は以下の通りである。

 

(1)本件記事の摘示事実は何か及び同記事は控訴人の社会的評価を低下させるものか否か(争点1)。

 

控訴人の主張)

 

 ア 本件記事は、①3月12日午後7時4分に東京電力が開始した海水注入について、その報告を受けた控訴人が「俺は聞いていない」と激怒して止めさせたが、その後、実務家と識者が控訴人を説得した結果、同日午後8時20分に海水注入が再開されたという事実(以下「摘示事実1」という。)及び②控訴人が同日午後7時4分に開始された海水注入を「試験注入」として、同日19時25分に海水注入を止めたことをごまかし、海水注入が控訴人の英断であるとの嘘をついたという事実(以下「摘示事実2」という。)を摘示した上、これらの事実を前提として、海水注入を中断させた控訴人の判断は誤っており、中断前の海水注入を「試験注入」としたのは、控訴人が海水注入を中新させたことを「糊塗」するためであって、控訴人は誤った判新と嘘をついたことについて国民に謝罪し、直ちに辞任すべきであるとの意見ないし論評の表明を行ったものである。

 イ そうすると、本件記事は、原子炉を冷却することができず危険な状態になっていた福島第一原発には海水の注入が必要であり、現にこれが実施されていたにもかかわらず、控訴人が誤った判断によってこれを中断させ、それだけでなく、この事実を隠蔽し、逆に海水注入を自身の英断であるというでっち上げを行い、国民に嘘をついたとの事実を摘示するものであり、行政府の長である内閣総理大臣として陣頭指揮をとっていた控訴人の社会的評価を低下させるものである。

 

(被控訴人の主張)

 

ア 本件記事の摘示事実について

 本件記事は、福島第一原発の問題について、控訴人の振る舞いに起因して海水注入が中断されたこと及び控訴人の側近が海水注入が中断されたことを「試験注入」とごまかし、福島第一原発への海水注入が控訴人の指示に基づくものであるという嘘を流布したことについて、控訴人の政治的責任を追及する趣旨のものである。このことは、「菅総理の海水注入指示はでっち上げ上との見出しに続けて、リード部分で「福島第一原発問題で菅首相の唯一の英断と言われている「3月12日の海水注入の指示。」が、実は全くのでっち上げである事が明らかになりました。」と記述していることからも明らかである。

 そして、本件記事が摘示する事実は、①3月12日の福島第一原発への海水注入が控訴人の指示に基づくものであるという控訴人側近の発表が虚偽であったこと、②東京電力は同日午後7時4分に福島第一原発に海水注入を開始したこと、③東京電力は、海水注入と同時に、官邸にその旨を報告したこと、④控訴人が、「俺は聞いていない!」と激怒したこと、⑤官邸から東京電力への電話により、午後7時25分海水注入が中断されたこと、⑥実務者、識者が控訴人を説得したため、午後8時20分に海水注入が再開されたこと、⑦控訴人側近は、午後7時4分に開始された海水注入を「試験注入」と称して、午後7時25分に海水注入が中断されたことをごまかし、福島第一原発への海水注入は控訴人の指示に基づくものであるという嘘を新聞、テレピ等のマスコミに発表したことであり、それ以外の部分は、被控訴人の意見ないし論評を表明したものである。

 以下、控訴人の分類に沿って反論する。

 

(ア)摘示事実1に関して


 本件記事前段は、控訴人が海水注入の停止を指示した事実を摘示したものではなく、人の行動が原因となって官邸から東京電力に対して海水注入中断の指示が入った事実を前提として、このような事態を招いた責任が内閣総理大臣である控訴人にあるという趣旨の論評を表明したものである。

 本件記事は、本文において「12日19時04分に海水注入を開始。同時に官邸に報告したところ、菅総理が「俺は聞いていない!」と激怒。官邸から東電への電話で、19時25分海水注入を中断。実務者、識者の説得で20時20分注入再会。」と摘示するところ、これは、開始されていた海水注入に対し、控訴人が激怒したことを受け、官邸から東原電力に電話が入り海水注入が中断されたという事実を指摘するものであって、控訴人が自ら中断を指示したという事実ではなく、控訴人の言動をに起因して海水注人が中断されたという事実を摘示するものである。そして、本件記事本文の「やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです。」との記載は、前記の控訴人の言動に対する批判としての意見ないし論評の表明である。

(イ)摘示事実2に関して

 

 本件記事後段の記載は、控訴人の側近が当初の海水注入を一試験注入員
と称し、海水注入が中断したことをごまかした事実皮び海水注入の指示ー
控訴人によてなされたとの誤った内容公表していた事実を前提と一
して、側近の行動も含めて官邸の最高責任者として控訴人が責任を負う
、べきであるという趣旨の論評の表明である。


イ 控訴人の社会的評価の低下について


 (ア) 本件記事を掲載した本件メールマガジンの配信前に、テレビの報道番組において本件記事と同内容の報道がされており、同報道によって既に控訴人の社会的評価が低下していたというべきであるから、本件記事によって控訴人の社会的評価が低下したとはいえない。

 (イ) 本件記事が掲載された直後、吉田所長の判断によって実際には海水注入は中断しなかったという事実が広く公開された。そうすると、読者は、同事実を前提として本件記事の内容を理解するのであるから、海水注入が中断したということに関して、控訴人の社会的評価が低下することはない。

 (ウ) 本件記事は、対立政党の党首であり時の内閣総理大臣に対する野党議員からの政治的意見の表明である。国会議員は自由かっ達な議論を行うことが期待され.そのため院内における発言等については責任を問われないという憲法上の保障がある。本件事故は、原子炉のメルトダウンを招きかねない国民の生命身体財産に直結する重大な事故であり、控訴人の行政能力は国民最大の関心事であった。このような中で政権を厳しくを監視するには野党の国会議員において政権の統治行為に少しでも疑念があれば追及する態度が肝腎であり、一から百まで裏取りをしてからの指摘は事実上無理である。しかも、原子力災害の対応は一刻を争うものであるから、事実関係を確認する時間にも制約がある。本件記事は、このような状況の下でメールマガジンの記事として配信されたものであり、読者もそのような状況下での記事であることを承知してこれを読むのであるから、政権と対立する野党の国会議員の発言を報道機関の報道と同様にそのまま全てが真実であると信じることはなく、本件記事が端緒となって国会等において政治的議論が交わされ.真実が見えてくることを期待しているのである。したがって、本件記事は直ちに控訴人の社会的信用を低下させるものではない。


(2)真実性又は相当性の抗弁の成否(争点2)

 

(被控訴人の主張)

 

 ア 本件記事は、世界中から注目された本件事故に対する政府の対応について、野党の国会議員の職責として公表したものであるから、被控訴人による本件記事の公表は、公共の利害に係る事実に関し、公益を図る目的でされたことは明らがである。
 また、後記イないし工のとおり、本件記事が摘示する事実及び意見ないし論評の前提となっている事実は、その重要部分について、いずれも真実であるか又は被控訴人において真実であると信じたことについて相当の理由があるから、本件記事について不法行為は成立しない。
 なお、控訴人は、本件記事の摘示事実がすべて真実性の証明の対象となる重要な部分に当たるかのような主張をするが失当である。表現の自由は国民の政治参加に不可欠の権利であり、公共的な争点に関する国民の間における討論は抑制されてはならない。公共的な争点に関する討論の中でも、公権力の行使に関与する公務員や政治家の職務行為に関する討論や批判については、国民の公権力チェックという観点からよりいっそう厚く保護される必要があり、真実性立証の対象となる摘示事実の重要な部分について、より一層慎重かつ限定的に判断されなければならない。公務員や政治家の職務行為に関する記事における摘示事実の重要な部分とは、一般読者の普通の注意と読み方を基準に読み取られる当該記事の趣旨に鑑みて、事の中核的要素に限定されると解すべきである。

イ 本件記事の重要な部分について

 (ア)摘示事実1について
 摘示事実1の重要な部分は、控訴人に東京電力が開始した海水注入を中断させかねない振る舞いがあり、それにより海水注入を中断しかねない事態が生じたことである。
 摘示事実1は、官邸から東京電力に対する働きかけにより海水注入が中断されたことについて、内閣総理大臣であった控訴人の責任を追及するものであるから、官邸から東京電力に海水注入中断を指示する旨の電話をせざるを得ないような控訴人の振る舞いがあったということは、本件記事の中核的要素であるが、その振る舞いの中で控訴人が「俺は聞いていない」と発言したかどうかは些末な事柄であり、中核的要素ではない。また、海水注入を中断させかねない振る舞いの存在そのものが本件記事の中核的要素であって、控訴人がそのような振る舞いをするに至った縁由(控訴人が海水注入の報告を聞いたかどうか)は中核的要素ではない。さらに、控訴人の政治的責任を追及するという本件記事の趣旨からすれば、海水注入を中断させかねない事態が生じたことこそが本件記事の中核的要素であって、現に海水注入が中断したかどうかは中核的要素ではない。


 (イ)摘示事実2について
 摘示事実2は、控訴人の側近の不適切な行動について、控訴人の管理監督上の責任を追及するものであるから、その重要な部分は、控訴人の側近が、誰もが中断したと信じた海水注入を「試験注入」とごまかし、海水注入は控訴人の指示に基づいて開始されたという嘘を流布したことが重要な部分に当たる。

 

ウ 真実性について


 (ア)摘示事実1について
 官邸において本件会議が開かれ海水注入に関する検討がされた際、控訴人は、その場にいた者が誰も海水注入の実施に異論を唱えていなかったにもかかわらず、ただ一人、海水注入について、「再臨界の可能性はないのか」、「海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか、君らは水素爆発はないと言っていたじゃないか、それが再臨界はないって言えるのか。そのへんの整理をもう一度しろ」、「わかっているのか、塩が入っているんだぞ、その影響は考えたのか」などと喚きだし、激怒し、海水注入に再臨界の危険性があるとの強い懸念を示し、本件会議を中断して関係者らに海水注入について再検討するよう指示したのであるから、官邸から東京電力に対して海水注入の中断を指示する旨の電話をせざるを得ないような控訴人の言動があったことは、真実である。
 そして、これを受け,官邸において本件会議に参加していた武黒フェローは、官邸から東京電力本店に設けられた対策本部(以下「本店対策本部」という。)及び福島第一原発の吉田所長に電話をかけ、既に1号機に海水注入を開始している旨述べた吉田所長に対し,.「おいおい、やってんのか、止めろ」、「おまえ、うるせえ、官邸が、もうグジグジ言ってんだよ」等と、海水注入の中断を指示したのであるから、控訴人の上記言動に起因して、東京電力は会社として海水注入を中断せざるを得ないと判断し、吉田所長に対して海水注入中断を指示する旨の電話をしたことも真実である。


 (イ)摘示事実2について


 控訴人を本部長とする原子力災害対策本部は,海江田大臣が3月12日午後5時55分頃,官邸にいた武黒フェローに対し口頭で海水注入を命じる措置命令を発し、午後7時4分に海水注入を開始したという真実を隠し、官邸のウエプサイトを通じ、同日午後6時控訴人の指示により海水注入が開始されたという嘘を流布した。
 したがって、控訴人の側近が控訴人の指示により海水注入が開始されたという嘘を流布したことは真実である。
 また、海江田大臣は、5月2日の参議院予算委員会において、3月12日午後7時4分に1号機の海水注入試験を開始したが、午後7時25分にこれを停止し、午後8時20分にホウ酸を混ぜた海水注入を開始した旨答弁しており、海水注入中断という事実は真実ではなかったとしても、控訴人の側近が、海水注入が中断されたとの認識の下に、当初の海水注入を「試験注入」とごまかして公表したことは、真実である。

 

工 相当性について

 

 (ア) 摘示事実1について
 仮に摘示事実1の重要な部分が真実でないとしても、被控訴人は、本件記事の控訴人の言動に関する記述は当時の官邸にいた者の話や新聞報道等から真実であると判断したものであり、これを真奨と信じるにつき相当の理由があった。
 また、後に明らかになったとおり、実際には、現場の吉田所長の判断により海水注入は中断されなかったが、当時は広く海水注入が中断されたとの事実が報道されており、海水注入が継続していたことは福島第一原発にいた一部の者しか知らなかった事実であるから、海水注入が中断した事実を真実であると信じたことにも相当の理由がある。


 (イ) 摘示事実2について
 仮に摘示事実2の重要な部分が真実でないとしても、被控訴人は、前記(ア)同様、当時官邸にいた者の話や新聞報道等から真実であると判断したものであり、これを真実と信じるにつき相当の理由があった。


(控訴人の主張)


ア 被控訴人の主張は争う。本件記事の摘示事実は,重要な部分においていずれも真実ではなく、被控訴人がこれを真実であると信するにつき相当の理由もない。


イ 本件記事の重要な部分について
 本件記事は,「事実は次のとおりです。.」との記載に続けて、①東京電力は、3月12日午後7時4分に海水注入を開始したこと、②東京電力は、ほぼ同じ頃、海水注入開始の事実を官邸に報告したこと、③この報告を聞いた控訴人が「俺は聞いていない!」と激怒したこと、④官邸から東京電力への電話で、午後7時25分、海水注入は中断されたこと、⑤実務者、識者が控訴人を説得した結果、午後8時20分に注入が再開されたこと、⑥やっと始まった海水注入を止めたのは控訴人であったこと、⑦この事実を糊塗するため、控訴人の側近は、最初の注入を「試験注入」として、海水注入を止めてしまったことをごまかしたことが記載され、さらにその後に「これが真実です。」と記載されている。前記①ないし⑦の事実は、いずれも本件記事の重要な部分に当たり、真実性の立証の対象となる。被控訴人は、摘示事実1の重要な部分は、控訴人に東京電力が開始した海水注入を中断させかねない振る舞いがあり、それにより海水注入を中断しかねない事態が生じたことである旨主張するが、本件記事には「海水注入を中断させかねない振る舞い」及び「海水注入を中断しかねない事態が生じたこと」などという、表現は存在しないし、これと同視される表現もない。本件記事に書かれていない事柄が重要な部分になるはずがない。「中断させかねない振る舞い」があったことが証明されたからといって、本件記事にいう「海水注入を止めた」との事実が証明されたことにはならない。

 また,本件記事は、その内容に照らすと、控訴人が既に始まった海水注入に対し、理不尽な怒りをぶつけてこれを止めさせたとの趣旨と理解すべきであるから、控訴人が海水注入の事実を聞いた上で「俺は聞いていない」と激怒したという事実も、重要な部分に当たる。
 さらに、本件記事は,福島第一原発の危機的状況に際して、海水注入が中断されたことについて控訴人を批判する内容であるから、実際に海水注入が中断されたことも重要な部分に当たる。


ウ 真実性について
 (ア)摘示事実1について

  a 本件会議は、3月12日の午後6時頃から20分程度行われたものであるから、そもそも本件会議の時点では海水注入は開始しておらず、控訴人は、3月12日午後7時4分に海水注入が開始した事実も聞かされていなかったから、控訴人が「俺は聞いていない!」と激怒して海水注入を中断させることはあり得ない。

 本件記事は、海水注入が始まった午後7時4分より後に、東京電力が官邸にこの事実を報告したところ,控訴人が「俺は聞いていない」と激怒したため、官邸から東京電力に電話がかけられ,海水注入が中止されたとして、これを問題とするものである。したがって、摘示事実1のうちの「控訴人が「俺は聞いていない」と激怒した」という事実と、海水注入開始前の午後6時からの本件会議における控訴人の発言の事実とは、海水注入開始の前か後か、その発言の際控訴人は海水注入の事実を知らされていたか否か、海水注入について消極的な理由は何かの3点で、全く別の事実であり、後者の事実が証明されても、前者の事実が証明されたことにはならない。
 さらに、本件会議では、淡水が切れたら海水を注入するということが当然の前提とされており、控訴人も同様の認識を有していた。東京電力の職員から海水注入の準備が整うまでに1時間半ほどかかるとの説明がされたため、控訴人は,斑目委員長を始めとする原子力安全委員会保安院,東京電力の職員らに対し、海水注入の準備が整うまでの間に海水注入に伴う塩による腐食の問題を検討するように言ったにすぎない。再臨界の問題は,これとは別に本件会議において斑目委員長が再臨界の可能性があるとの趣旨を述べたため、上記検討と併せて再臨界の問題についても検討することを求めたものであり、控訴人は海水注入に反対する趣旨ではなかった。同席者の中には、控訴人の質問が海水注入との関係でなされたと誤解した者がいたかもしれないが、それは原子力ないし理系の知識を有していない故の誤解である。

 したがって、控訴人が海水注入に異論を唱えたり、ましてや海水注入の事実を聞いて激怒したりこれを中断させようとしたという事実はない。

 また、東京電力による海水注入の開始は午後7時4分であり、午後8時20分に開始されたというのも事実に反し、午後7時4分に開始された海水注入はその後中断されることもなかったから、この点も事実に反する。


  b 本件記事は「官邸からの電話」によって海水注入が中断されたと記載しているところ、これは控訴人の支配下にある者からの指示すなわち控訴人の指示と同視できるもののみが該当すると.いうべきである。実際に福島第一原発に電話をした武黒フェローは、東京電力の従業員であって、官邸の職員ではないから、武黒フェローの電話をもって、控訴人からの指示と同視することはできない。
 武黒フェローは、官邸内にいた政府関係者に海水注入が開始されている事実を伝えないまま、自身の判断によって吉田所長等に海水注入の中断を指示していたものであって、武黒フェロ一の電話について控訴人が批判されるべき理由はない。
  c 本件記事のうち「実務者、識者の説得で」海水注入を再開したとの部分についても、実務者、識者が控訴人を説得した事実もないし、説得に基づいて海水注入が再開されたという事実もない。

  d したがって、摘示事実1は、その重要な部分において真実であるということはできない。

 

 (イ)摘示事実2について

 客観的事実として午後7時4分に開始された海水注入が午後7時25分に止められたことはなかったのであり、また、控訴人は、午後7時4分に海水注入が開始されたことを知らず、海水注入を止めた事実もない。したがって、海水注入中断の事実を糊塗しようと考えたことはあり得ないし、控訴人の側近が「試験注入」として止めてしまったことをごまかしたという事実もない。

 また、「試験注入」という用語は、官邸とは無関係に、海水注入の中断を決めた東京電力が中断の事実を説明するために作ったものであり、東京電力の説明を受けた者がそのまま説明したにすぎないものであって、官邸の職員等控訴人の指揮下にある者らが「試験注入」という言葉を使ったわけではない。

 海水注入は1号機の冷却を図らねばならない当時の緊迫した状況の中では当然の対応策であり、海水注入をしないなどという選択はあり得なかったじゃら、そのような当然の対応をしたことを「英断」などという必要は皆無であった。

 したがって、摘示事実2は、その重要な部分において真実であるということはできない。


エ 相当性について
 被控訴人が情報提供を受けたと主張する政府関係者について、その属性や素性が明らかでないばかりか、反対尋問を経た証言もないのであるから、これを信用することはできない。また、報道等に基づく判断は、真実であると信じたことについて相当の理由があることの根拠とはならない。

 控訴人は、衆議院議員であり、元内閣総理大臣という地位にありながら、例えば国会の委員会で質問する、質問主意書を提出するなどといった事実確認のために当然行うべき手段を執っていない。何よりも、事実確認のために必須の要件である反対取材、すなわち控訴人本人に対する事実確認を全く行っていない。
 この程度の貧弱な事実確認で相当の理由があったと認めることはできない。

 

(3)本件記事を被控訴人の管理する本件サイトに掲載し続けたことが不法行為に当たるか(争点3)。


(控訴人の主張)

 

ア 被控訴人が本件記事を本件サイトにバンクナンバーとして掲載した後である5月27日、海水注入が中断した事実はないことが報道され、被控訴人は、同事実を前提とする摘示事実1及び2がいずれも事実ではないことを認識するに至った。


イ 新聞や雑誌等のメディアにおいては、名誉毀損となる記事が掲載された媒体が発行きれれば、後に事実ではないことが明らかになったとしても、これらの媒体の回収は極めて困難である。一方で、インターネットを利用した記事の場合、削除又は修正が容易であるにもかかわらず、広く全国、全世界で閲覧が可能であるという特殊性があることからすると、インターネットメディアを利用する者は、その特性に応じ、記事の誤りが判明した場合は当該記事を削除するなどして、それ以上名誉毀損による損害が継続、拡大しないよう防止すべき義務を条理上負っているというべきである。


ウ したがって、被控訴人が、本件記事の内容は真実でないと認識した5月27日以降も約4年間にわたって本件記事を掲載し続けたことは、上記義務に反し、不法行為を構成する。


(被控訴人の主張)


ア 本件記事は、被控訴人の運営する本件サイトにアクセスした上、メールマガジンバックナンバーのページにアクセスする必要があるから、公然と摘示しているとはいえない。


イ 本件記事の公表後、控訴人や当時の政府関係者は、国会における答弁等において本件記事の指摘する海水注入をめぐる経緯やその後の官邸の発表について説明を行っており、その内容は広く報道等されているところ、それらを併せて読む一般の読者においては、被控訴人の意見ないし論評が記載された本件記事を読んだとしても、上記控訴人らの反論を踏まえて理解するから、本件サイトにおいて本件記事の掲載を継続しても、これにより控訴人の社会的評価が低下するということはない。


ウ 表現の自由が民主主義を支える重要な人権として優越的地位にあること、本件記事は、当時の内閣総理大臣としての控訴人の言動について、野党の国会議員である被控訴人が批判を行ったものであることを考慮すれば、仮に本件記事を本件メールマガジンによって配信した後、本件記事に真実でない部分が含まれていることが明らかになったとしても、記事の掲載の継続が違法となるのは、①記事の内容が真実ではないことが明白になり、②これによって控訴人に重大な名誉毀損を生じさせ、③表現の自由との関係を考慮しても当該記事をそのまま掲載し続けることが社会的な許容の限度を超えると判断される場合に、限られると解するべきである。
 そうすると、本件は、①海水注入の中断がなかったという記事の一部分についてのみ真実でないことが明らかになったにすぎず、②本件記事の大部分は真実である上、一般人においても、対立野党の議員である被控訴人において内閣総理大臣である控訴人を批判する内容であることは当然に理解しており、海水注入の中断がなかったという事実も広く知れ渡ることとなったのであるから、これらを前提として記事の内容を理解することから、控訴人にもたらす不利益は大きくない。さらに、③内閣総理大臣の言動に対する批判的言論が事後的にでも名誉毀損として違法となるのであれば、民主主義の根幹たる表現活動が萎縮する結果となるから、表現の自由との関係で影響は大きく、社会的許容限度を超えるとはいえないというべきである。


(4)控訴人に生じた損害(争点4)

 

控訴人の主張)


 本件記事の内容が明白に虚偽であること、それにもがかわらず本件記事の内容が全国紙で大々的に報じられたこと、本件記事は約4年間にわたって掲載され、控訴人からの再三の削除要求にも被控訴人が応じていないこと、本件記事は選挙期間中も閲覧可能な状態に置かれていたものであること、被控訴人は、控訴人及び控訴人が所属していた民主党(当時)を攻撃する意図から本件記事を掲載したメールマガジンを配信し、本件サイトでの掲載を継続したものであること等を考慮すると、控訴人に生じた精神的損害は,金銭に換算すると1000万円は下らない。
 また、控訴人は本件訴訟を弁護士に依頼しているところ,その費用としては100万円が相当である。


(被控訴人の主張)

 

 争う。

 

(5)名誉回復措置としての謝罪広告の要否(争点5)


控訴人の主張)

 

 控訴人は、行政府の長である内閣総理大臣として、予断を許さない本件事故の対応のため陣頭指揮に当たっていたところ、本件記事は,控訴人が極めて利己的な立場から激怒していったん開始された1号機への海水注入を止めさせようとした上、その事実を隠蔽し,逆に海水注入を自身の英断であるというでっちあげを行い国民に嘘をついていると指摘するものであって、控訴人の名誉を著しく毀損するものであるから、名誉回復のための措置として、原判決別紙謝罪記事目録記載の謝罪広告の掲載を求める。


(被控訴人の主張)

 

 争う。


第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下に述べるとおりである。

 

2 認定事実


 前記前提事実(前記第2の1)及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない


 (1)被控訴人によるメールマガジンの配信等


 平成23年5月当時、被控訴人は,自身の政治活動を紹介する本件サイトを開設し、本件サイトを介して登録した一般の読者に対し、自身の政治的意見等を記事として記載したメールマガジンを配信しており、そのバックナンバーを本件サイト上で公開していた(甲6)


 (2)福島第一原発における本件事故発生後の経緯


 ア 3月11日午後2時46分、本件地震が発生しその後襲来した津波により、福島第一原発の1号機ないし4号機は全交流電源喪失の状態となった。このため、東京電力は、同日午後3時42分頃、保安院に対し、原災法10条1項所定の事象(全交流電源喪失)が発生したとして、原災法10条に基づく通報を行った。さらに、東京電力は、1号機及び2号機に関して、非常用炉心冷却装置による原子炉への注水ができないという原災法15条1項の特定事象が発生したとして、同日午後4時45分頃、保安院に対し、その旨の報告を行った。

 控訴人は、午後5時42分頃、官邸において、海江田大臣から、上記東京電力からの通報等について報告を受け、原子力緊急事態宣言をすることについて了解を求められたことから、同日午後7時03分、原子力緊急事態宣言をし、控訴人を本部長、海江田大臣を副本部長とする原子力災害対策本部を設置した。

 また、控訴人は、福島第一原発の状況を十分に把握できていないことから、その現場対応の責任者である吉田所長から福島第一原発の状況等を直接確認するとともに、併せて被災地の地震津波による被害状況をも確認する必要があると考え、3月12日午前7時11分斑目委員長らとともに福島第一原発に赴いて吉田所長と面会し、現地の状況を視察した。(甲19、乙1,2,32,33)

 

 イ 吉田所長は、本件地震後に1号機及び2号機の非常用炉心冷却装置による注水ができなくなっている可能性があると判明した後、防火水槽内の淡水を使用して原子炉を冷却する措置を講じていたが、3月12日正午頃、淡水が枯渇した場合には3号機ターピン建屋前に津波で溜まっていた海水を使用して1号機の原子炉容器内に海水を注入することを決め、消防ホースを準備するように職員らに指示し、テレビ会議システムを通じて吉田所長と連絡を取り合っていた本店対策本部も、これを了承した(甲7、乙3)。


 ウ 3月12日午後2時53分頃、防火水槽内の淡水が枯渇したため、東京電力は、同日午後3時18分、連絡書類の参考情報として「今後、準備が整い次第、消火系にて海水を炉内に注入する予定」と記載したファクシミリを、官邸内の内閣情報集約センター及び保安院に送信した(乙3,10)。

 

 エ 同日午後3時36分頃,、1号機の原子炉建屋において水素爆発が起きたため、1号機原子炉容器内に海水を注入するための準備作業は中断した(甲7、乙10)。

 

(3)本件会議の状況とその後の経緯

 

 ア 3月12日午後5時55分頃、海江田大臣は、官邸にいた武黒フェローに対し、1号機に海水注入をするように口頭で指示し、同時に保安院に対して、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉規制法」という。)64条3項に基づく措置命令の文書発出を準備するよう指示した。武黒フェローは、同日午後6時5分頃、海江田大臣の前記口頭指示を、本店対策本部に伝達した。(乙2,3,10,27)


 イ 官邸においては、本件事故発生後、重要な局面については原子力災害対策本部の本部長てある控訴人の判断を経た上で動くというある程度の合意ができていたことから、海江田大臣は、1号機への海水注入について控訴人に報告し、了解を得る必要があると考えた。そこで、3月12日午後6時0分頃から同20分頃まで、控訴人のもとに海江田大臣、細野補佐官、斑目委員長、保安院の職員及び武黒フェローらが参集して、本件会議が開摧され、1号機への海水注入等に関する検討がされた。

 武黒フェローは,本件会議において、控訴人に対し、淡水が枯渇したため、1号機に海水を注入する予定であり、その準備に約1時間半ほど時間がかかるとの説明をした。.これに対し、控訴人は、出席者に対し、海水注入の準備状況や海水による原子炉の腐食の可能性等について質間し、出席者がこれに回答した。このやりとりの中で、控訴人は、海水注入による再臨界可能性について質し、これに対し、斑目委員長が再臨界の可能性についてゼロではないという趣旨の回答をした。控訴人は,この回答を受けて、出席者に対し、再臨界の危険性等について再度検討するように求め、本件会議は散会となった。しかし、物理的には海水の方が原子炉を臨界にしにくいものであり、注入する淡水を海水に変えることによって再臨界の可能性が高くなるものではなかった。

 本件会議後の同日午後6時25分、福島第一原発の周囲半径20キロメートル圏内の住民に対し、退避を指示する旨の内閣総理大臣指示がされたが、これは、本件会議に出席していた細野補佐官が、斑目委員長の再臨界の可能性があるとの発言を聞いて問題提起をしたため、避難指示の範囲を半径10キロメートルから半径20キロメートルに広げたものであった。(甲19,乙1,2,10,11,15,27,32ないし34)

 

 ウ 吉田所長は、3月12日午後7時4分、海水注入の準備が整ったことから1号機の原子炉容器内への海水注入作業を開始した。しかし、官邸にいた武黒フェローは,このことを知らず、本件会議後の午後7時25分頃、注入開始時刻の目安を把握するため福島第一原発の吉田所長に電話をかけた際に、同人から既に海水注入を開始していることを知らされた。武黒フェローは、これに驚き、吉田所長に対し、海水注入を停止するよう求め、納得しない吉田所長に対し、「おまえ、うるせえ、官邸が、もうグジグジ言ってんだよ。」などと声を上げた。

 武黒フェローから連絡を受けた東京電力の本店対策本部も、本件会議での検討の状況を踏まえて、海水注入の中断を決定し、吉田所長に対して海水注入の停止を指示したことから、吉田所長は,表向きこれを受け入れる旨返事をしたが、発電所内の担当暑には海水注入を止めないよ.うに指示したため、実際には海水注入が中断されることはなかった。(甲7,13,乙1,3,5,15,35)


 工 斑目委員長、保安院の職員及び武黒フェローらは、3月12日午後7時40分頃、控訴人に対し、本件会議において示された検討事項について検討結果を報告したその際、武黒フェローは、午後7時4分に1号機の原子炉への海水注入が開始された事実を控訴人や海江田大臣には伝えず、控訴人は、そのことを知らないまま、午後7時55分,海江田大臣に対し、海水注入を指示した。次いで、午後8時5分、海水注入を命ずる海江田大臣名の命令文書が作成され、武黒フェローから本店対策本部に対し海水注入の許可が得られた旨の報告がされた。なお,本店対策本部と吉田所長との間では、午後7時4分に開始した海水注入は「試験注入」として位置付け、これを一旦停止し、午後8時20分から本格的に海水注入を開始するという内容て保安院に報告をすることとした。
(甲7、13,乙10)


(4)本件記事公表前の海水注入に関する政府の発表等

 ア 3月12日午後8時50分頃、官邸ウェブの本件事故に関する政府の対応を時系列で説明したページにおいて、「18:00 総理大臣指示」「福島第一原発について、真水による処理はあきらめ海水を使え」との記載がされ、控訴人も、その頃、自らマスコミ取材に応じ、同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表した(前提事実)。


 イ 海江田大臣は、5月2日、参議院予算委員会における質疑において、3月12日午後7時4分に、東京電力が1号機に対する「海水注入試験」を開始し、同日午後7時25分に停止したこと、「総理からの本格的な注水をやれ」との指示を受け、同日午後8時20分、1号機に対し、消火系ラインを使用して海水注入を開始し、海水には水素爆発を防ぐためホウ酸を混ぜたことなどを答弁した(乙27)。


 ウ 東京電力は、5月16日、自社のウェブサイトにおいて、3月12日午後7時4分に1号機において海水による注水を開始したが、午後7時25分にこれを停止し、午後8時20分に海水及びホウ酸による注水を開始した旨を公表した(乙21)。


(5)海水注入の中断に関するマスコミ報道

 

 TBSテレピの報道番組「Nスタ」は、5月20日午後5時48分頃から同50分頃にかけて1号機の海水注入の問題をニュースとして取り上げ、政府関係者らの話として、「東電が海水注入の開始を総理官邸に報告したところ、官邸側は「事前の相談が無かった」と東電の対応を批判。その上で海水注入を直ちに中止する.よう東電に指示し、その結果午後7時25分、海水注入が中止されました。そしてその40分後の8時5分に官邸側から海水注入を再開するよう再度連絡があり、8時20分に注入が再開されたということです。」とのナレーションを流した。なお,同旨のニュースは、同日午後11時34分頃ないし同37分頃のTBSテレピの報道番組「ニュース23クロス」及び5月21日午前0時15分ないし同16分のフジテレピの報道番組「ニュースJAPAN」においても放送された(乙24ないし26)

 

(6)本件記事の発信

 

 被控訴人は、5月20日午後7時頃、本件記事が掲載された本件メールマガジンを配信した(前提事実)。


(7)政府及び東京電力による海水注入を巡る事実関係の訂正

 

 ア 5月21日、政府・東京電力統合対策室は、「3/12の東京電力福島第一原発1号機への海水注入に関する事実関係」と題するべーパーにより、3月12日の事実関係について公表した。同ペーパーには、同日午後6時ないし同6時20分頃、本件会議において、斑目委員長から「再臨界の危険性がある」との意見が出されたので、控訴人の指示により、原子力安全委員会保安院等がホウ酸投入などそれを防ぐ方法を含め検討することとなったこと、同日午後7時4分に東京電力が海水(ホウ酸なし)試験注入
を開始し、同日午後7時25分に試験注入を停止したこと、東京電力の海水試験注入開始・停止は官邸には報告されていながったことが記載されていた。(乙8、23)


イ 5月22日、政府・東京電力統合対策室は、「3/12の東京電力福島第一原発1号機への海水注入に関する事実関係(訂正版)」と題するペーパーにより、3月12日の事実関係について改めて公表した。同ペーパーにおいては、本件会議における斑目委員長の発言が訂正され、同委員長は再臨界の可能性がある旨の意見を述べたのではなく、控訴人から再臨界の可能性について問われた斑目委員長が可能性はゼロではないとの趣旨の回答をしたものであるとされた。(乙3、9)


ウ 5月26日、東京電力は、1号機への海水注入に関する時系列を訂正する報道発表を行った。東京電力は、同報道発表において、3月12日午後7時25分頃、同社の官邸派遣者の状況判断として「官邸では海水注入について首相の了解が得られていない」との連絡が本店対策本部及び福島第1原発にあり、本店対策本部と福島第一原発との協議の結果、いったん海水注入を中断することとしたが、「事故の進展を防止するためには、原子炉への注水の継続がなによりも重要」との吉田所長の判断により、実際には海水注入は停止されず、継続していた旨の事実を公表した。(甲2,乙7)

 

エ 6月10日、政府・東京電力統合対策室は、「3/12の東京電力福島第一原発1号機への海水注入に関する事実関係(再訂正版)と題するペーパーにより、3月12日の事実関係について再度訂正して公表した。同ペーパーにおいては、同日午後5時55分、海江田大臣から東京電力に対して1号機原子炉容器内を海水で満たすよう、口頭で原子炉規制法64条3項の措置命令を行うとともに、保安院に対して命令文書を発出するように指示したこと、同日午後6時0分ないし同20分頃、本件会議において、東京電力の関係者から海水注入準備のためには時間がかかる(1.5時間程度)という説明があったことから、海水注入による冷却の実施について、控訴人の指示により、原子力安全委員会保安院東京電力等が検討(控訴人から再臨界の可能性について問われた斑目委員長が可能性はゼロではないとの趣旨の回答をしたので、ホウ酸投入などそれを防ぐ方法を含め検討)することとなったこと、同日午後7時25分頃、東京電力が、本店・発電所間の協議の結果、いったん海水注入を中断することとしたが、吉田所長の判断(事故の進展を防止するためには、原子炉への注水の継続が何よりも重要)で注入を継続したこと等が記載されていた。(乙10)

 

(8)本件会議における控訴人の言動についての関係者の認識


ア 細野補佐官は、5月21日に実施された記者会見において、本件会議において海永注入するに際しての安全性を確認するよう控訴人から原子力安全委員会保安院に指示がされたこと、控訴人からは特に再臨界の危険性はないのかと確認がされ、それを受けてホウ酸を投入するなど再臨界を防く方法を検討すべきだという話になり、本件会議は1時間ないし1時間半休憩となったこと、東京電力からは海水注入まで1時間ないし1時間半はかかるとの説明があったため、その間しっかり検討するようにとの指示があったこと、官邸としては当初の海水注入の事実を把握していなかったこと、東京電力の担当者からは保安院に口頭で連絡した旨報告されているが、保安院には連絡を受けたという記録は残っていないこと、3月12日午後7時40分に控訴人への説明がされ、その説明を受けて午後7時55分に控訴人が海水注入の指示をし、午後8時5分に海江田大臣から海水注入の命令が出されたという時系列であることなどを説明した(乙8、23)。


イ 控訴は、5月23日、衆議院東日本大震災復興特別委員会の質疑において,本件会議の位置付け及び内容について問われ、「この時点では、それまでの状況を踏まえて、海水注入に当たってどのようなことを考えなければならないか、そういった議論がありまして、私の方からいわゆる再臨界という課題も、私にもありましたし、その場の議論の中でも出ておりましたので、そういうことを含めて、海水注入をするに当たってどのようにすべきか、そのことの検討を、(中略)それをその皆さんにお願いする。」、「その時点では、東電の担当者は、海水注入はこれから準備をしても1時間半程度は準備にかかりそうなのでという御指摘もありましたので、18時の段階で、それではそういったことも含めた検討をお願いする、そういうことを私の方から申し上げました。」と述べた(甲11)。


ウ 武黒フェローは、平成24年3月28日、国会に設置された東京電力福ー島原子力発電所事故調査委員会(以下「国会事故調」という。)の第8回委員会に参考人として出席し、本件会議の模様について、「総理からは、いろいろ御質問がございました。特に、海水を注入するということで再臨界の可能性がないかとかいうことも含めて、ボロンを入れなくていいのかとか、それから、海水というのが臨界に与える影響はどういうことなんだ、メカニズムというと大げさかもしれませんが、原理的なそういったことで
すとか、あとは,準備状況がどういうふうに整っているのかといったような御質問がいろいろとございました。」と述べた。また、本件会議後、武黒フェローが、吉田所長に対して海水注入を中断するよう指示したことについて、いつ海水注入ができるかということは、今後控訴人に早く判断してもらう上で非常に必要なことだと思ったので、吉田所長に連絡をとったところ、吉田所長から、既に海水注入をしているという話があったこと、武黒フェローとしては、全体の統括をしている控訴に対する説明が終わっていない段階で現場が先行して海水注入を行っていることが、将来の妨げになっても困るので、一旦注水を止めて、控訴人の了解を得た後にすぐ再開するということで進めるべきと考えた旨を述べた。(乙15)


エ 東京電力の武藤栄締役副社長原子力・立地本部長は、5月31日、衆議院東日本大震災復興特別委員会に参考人として出席し、3月12日の状況について、緊急時体制の本部長である控訴人のもと、官邸の中で原子力安全委員会の助言などを得ながら検討が続いている状態だということが理解され、控訴人の了解を得ずにその後注水を継続するということが難しいということが分かったこと、東京電力から官邸に派遣されていた者が、早期に注入を開始するという交渉、説明をしていたということで、短期間の中断となるだろうという見通しがあったことから、東京電力においてやむを得ず海水注入の中断を判断したこと官邸に派遣された者の話では、官邸の中では海水注入の実施のような具体的な施策についても控訴人が判断するという感じがあり、したがって、控訴人の判断がない中でそれを実施することはできないという雰囲気、空気があったと聞いていることを述べた(乙3)。


オ 海江田大臣は、平成24年2月8日、政府に設置された東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(以下「政府事故調」という。)の聴取に応じ、本件会議の模様について、海水注入をするように東京電力に指示したことを控訴人に報告したところ,「再臨界になったらどうするのだという質問が出た」、「突然その再臨界の話になったから,斑目さんも、それにうまく答えられなかった」と述へた(乙33)。

 また、海江田大臣は,同年5月17日に開かれた国会事故調の第14回委員会に参考人として出席し、本件事故当時の状況を振り返り、海江田大臣は淡水が切れた場合には海水で冷やす必要があると考えていたこと、そのため、自身の判断により原子炉規制法64条3項に基づく口頭命令を出したこと、本件会議において、その旨控訴人に報告したところ、控訴人から「再臨界の可能性はないのか」と言われたこと、海江田大臣自身は、よもや淡水から海水に変えて再臨界ということがあろうなどとは思っていなかったが、その場にいた斑目委員長、保安院の者、あるいは武黒フェローが色々話をしていたと思われることを述べるとともに、武黒フェローが吉田所長に電話をかけて海水注入を中断するよう指示したことについて、話を聞く側が内閣総理大臣の話を重く受け止めるということは、「万事にわたってそういうものだ」というふうに思ったことを述べた(乙2)。


カ 細野補佐官は、平成23年12月14日に行わた政府事故調の聴取において、本件会議の模様について、3月12日の6時頃に「海江田大臣が海水注入をしようということで入って、総理が再臨界の危険はないのかと言い出した」こと、これに対して「斑目委員長が、可能性はゼロではない」との趣旨の回答をしたこと、細野補佐官は真水がなくなったらすぐ海水だというのは当たり前だと思っていたので、海江田大臣が決めたらもうそれで海水注入がされるだろうと思っていたのに、控訴人が「再臨界があるんじゃないか」ということを言い出し、専門家である斑目委員長があり得るというようなことを言ったことから、驚き、まずいなと思ったこと、控訴人は、相当直截な表現で斑目委員長に再臨界は本当にないのか」と聞き、多分、斑目委員長はその気迫に押され、「ありません」とは言えなかったと思われることを述べた(乙32)


キ 貞森恵佑内閣総理大臣秘書官(以下「貞森秘書官」という。)は、平成23年12月21日の政府事故調の聴取において、本件会議の模様について、海水注入について控訴人の確認を取るため報告に行ったところ、控訴人が「海水を入れるということは当然塩が入っているわけなので、そこは本当に大丈夫なのか」という点を質問したこと、それに対して斑目委員長が「海水なので塩が入っていますから、余り長く入れていると腐食するかもしれませんし、塩が濃くなって詰まったりとか、塩が入ってくることによる問題がありますが、今は緊急事態なのでやらなければいけない」という説明をしたところ、控訴人が「再臨界の可能性はないのか」という質問をしたこと、それに対し、斑目委員長が「可能性はあります」と述べた記億であること、そこで、危ないではないかという議論になって、控訴人から「だったら,その点は本当に大丈夫なのか」との指摘があり、再臨界の危険性について再整理をしようということになったことを述べた(乙34)。

 

3 争点1(本件記事の摘示事実は何か及び同記事は控訴人の社会的評価を低下させるものか否か。)について


(1) 本件記事の内容は,前記前提事実(第2の1(5))のとおりであり、これによれば、見出しは「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」であり、これに続くリード部分にも「福島第一原発問題で、菅総理の唯一の英断と言われている「3月12日の海水注入の指示。」が、実は全くのでっち上げてある事が明らかになりました。」との記載があるところ、これは,前記2(4)認定のとおり、3月12日午後8時50分頃官邸ウェブサイトにおいて控訴人の海水注入の指示がされた旨が公表されたこと、控訴人自身もマスコミ取材に対して同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表したこと、5月2日の参議院予算委員会での海江田大臣の答弁において、総理からの指示を受けて3月12日午後8時20分に1号機への海水注入を開始したと説明したことなど、政府が控訴人の指示により1号機への海水注入が開始された旨の説明していることについて、「全くのでっち上げ」であると指摘し、これを最も問題視しているものと解される。そして、これに続けて、事実は次のとおりとして、いったん開始された海水注入が、控訴人の言動により中断し、その後再開されたという経緯を体言止めの4行の文章で簡潔に摘示し、これに続けて、実際は東京電力がマニュアルどおり淡水が切れた後海水を注入しようとして実行したが、やっと始まった海水注入を止めたのは控訴人であったと指摘し、この事実を糊塗するため、最初の注入を「試験注入」とし、海水注入を控訴人の英断によるものとの内容虚偽の報道発表がされたことを摘示した上で、その末尾において,「菅総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。」として、控訴人が海水注入を中断させたことを「間違った判断」であると評価し、控訴人はこの「間違った判断」と虚偽の報道発表について国民に謝罪し、直ちに内閣総理大臣を辞任すべきとの意見ないし論評を表明したものと認められる。

 

(2) 本件記事は、当時野竟の国会議員であった被控訴人が、自己の政治的主張を伝えるメールマガジンの記事として配信したものてあるところ、その内容は、前記(1)判示のとおりであって、公表された控訴人の「海水注入の指示」は「全くのでっち上げ」であり、海水注入に関する控訴人の「間違った判断」と虚偽の報道発表について控訴人の謝罪と辞任を求めるものであるから、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、本件記事は内閣総理大臣としての控訴人の社会的評価を低下させるものということができる。


(3) 被控訴人は、本件記事の配信前にテレビ報道において本件記事と同内容の報道がされており、本件記事によって控訴人の社会的評価が低下したとはいえない旨主張する。

 しかしながら,前記2(5)、(6)認定のとおり、本件メールマガジンが配信されたのは5月20日午後7時頃であるが、その直前である同日午後5時48分頃に、テレビ局1社が2分間程度福島第一原発への海水注入の問題を取り上げて報道したというにすぎない状況であったから、本件メールマガンン配信当時において、本件記事の摘示した事実が広く国民に知れ渡っていたということはできず、そのような報道がされた事実があるからといって、本件記事が控訴人の社会的評価を低下させるものとの認定判断を左右するものではない。

 また、被控訴人は、本件記事が掲載された直後、実際には海水注入が中断していなかったという事実が広く知られることになったから、本件記事によって控訴人の社会的評価が低下することはなかった旨主張する。
 しかしながら、本件記事は、控訴人の海水注入の指示によって海水注入が開始されたとの報道発表がでっち上げであるとするものであるから、実際に海水注入の中断がなかったとしても、本件記事が控訴人の社会的評価を低下させるものであるとの認定判断を左右するものではない。

 さらに、被控訴人は、本件記事は、対立政党の党首であり時の内閣総理大臣である控訴人に対する野党議員の政治論争であり、また、原子力災害の対応は一刻を争い、事実関係を確認する時間にも制約があって、読者もそのような状況下で作成された記事であることを承知して報道機関の報道とは異なるものであることを前提に本件記事を読むのであるから、本件記事は直ちに控訴人の社会的評価を低下させるものではない旨主張する。
 しかしながら、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであるところ、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、本件記事が控訴人の社会的評価を低下させると認められることは前示のとおりである。

 被控訴人の主張はいすれも採用することができない。

 

争点2(真実性又は相当性の抗弁の成否)について

 

(1) 公共の利害に関する事項について自由に批判、論評を行うことは、もとより表現の自由の行使として尊重されるべきものであり、その対象が公務員の地位における行動である場合は、その意見ないし論評の表明により当該公務員の社会的評価が低下することがあっても、その目的が専ら公益を図るものであり、かつ、その意見ないし論評の前提としている事実が主要の部分について真実の証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の主要な点を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解される(最高裁昭和60年(オ)第1247号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。


(2) 前記3(1)判示のとおり、本件記事は、当時内閣総理大臣であった控訴人の本件事故への対応すなわち原子炉への海水注入に関して、海水注入に係る事実経過を摘示した上、控訴人に間違った判断があり、海水注入の指示に関して虚偽の報道発表がされていることを摘示して、これらを批判し、国民に対する謝罪と辞任を求めるものであるから、本件記事の公表は、公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図る目的にあるということができる。


(3) そこで、本件記事のうち,.控訴人の「間違った判断と嘘」について国民への謝罪と辞任を求めるという意見ないし論評の前提として摘示されている事実の主要な部分について、真実であることの証明があるといえるかについて検討する。

 前記2認定の事実によれば、3月12日、東京電力福島第一原発の1号機について淡水を使用して冷却する措置を講じていたが、その時点においては、原子炉を冷却することが最も重要な要請であったため、淡水が枯渇した場合にはすみやかに海水を注入する必要があり、その措置を採るとして、その旨官邸に連絡し、原子炉規制法に基づく措置命令の権限を有する海江田大臣はこれを了承して、午後6時5分東京電力に海水注入の指示が伝達されたこと、海江田大臣は1号機への海水注入について控訴人に報告し、その了解を得る必要があると考え、本件会議が開催されたが、注入する淡水を海水に変えることによって再臨界の可能性が高くなるものではないのに、控訴人は海水注入による再臨界の可能性について強い口調で質問しこれに答えた斑目委員長もその気迫に押されてその場で否定することができす、再臨界の可能性等について再度検討することとして本件会議は散会となり、本件会議に参加していた武黒フェローは、控訴人は海水注入了解しておらず、了解を得ないまま手続を進めることはできないと受け止めたこと、1号機については午後7時4分に海水注入が開始されており、本件会議に出席していた武
黒フェローは、午後7時25分頃吉田所長に電話をかけた際にそのことを知ったため、武黒フェローの判断により、官邸は海水注入を了承しておらず、控訴人に対する説明が終わっていない段階で現場が先行して海水注入を行うことが将来の妨げになっても困るとの意見を伝え、本店対策本部も中断を決断したこと、しかし、吉田所長はこれに従わず、海水注入は中断しなかったこと、その後、午後7時40分頃、斑目委員長、保安院の職員らが本件会議で示された検討事項について控訴人に報告し、控訴人は、午後7時55分、海江田大臣に対し海水注入を指示し、このことは、本店対策本部に伝えられたこと、東京電力は、午後7時4分の海水注入開始を試験注入の開始として位置付け、これを一旦停止し、午後8時20分から本格的に海水注入を開始するという内容の報告を保安院にしたこと、官邸ウェブサイトにおいては、午後8時50分頃、午後6時に「真水による処理はあきらめ海水を使え」との内閣総理大臣指示があった旨公表されるとともに、控訴人自身もマスコミ取材に応じて午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を公表したこと、海江田大臣は、5月2日の参議院予算委員会において、3月12日午後7時4分に「海水注入試験」を開始し、これを停止して、総理からの指示を受けて午後8時20分に海水注入を開始した旨答弁していること、以上の事実が認められるというべきである。


 そうすると、3月12日の時点において、1号機の原子炉を冷却することが最も重要な要請であり、淡水が枯渇した場合にはすみやかに海水を注入する必要があったことから、政府から海水注入の指示を受けた東京電力がその作業を進めていたところ,海水注入の判断について控訴人の了解を得ようとして開催された本件会議の席上において、控訴が、その場面では本来問題にする必要のなかった再臨界の可能性を強い口調で問題にしたことから、会議の参加者が控訴人は海水注入を了解していない受け止め、そのため、東京電力も開始した海水注入について中断する旨の誤った決断をしたというのであり、控訴が本件会議において内閣総理大臣としてのある判断を示し、その判断が東京電力による海水注入中断という誤った決断につながったという意味において控訴人の「間違った判断」があったと評価されるのはやむを得ないしたがって、控訴人の「間違った判断」があったとする意見・論評の前提となる事実については、その主要な部分について真実と認められるというべきである。


 さらに、その後,官邸及び控訴人は控訴人の指示により午後8時20分から海水注入が開始されたとの発表をしたのであるが、この発表は、前記認定に照らせば、1号機への海水注入については、東京電力がその措置を採ることを官邸に連絡し、海江田大臣はこれを了承して、午後6時5分頃東京電力に海水注入の指示が伝達され、午後7時4分に開始されていたという事実に反するものであって、事実に反する発表であったものというべきであり、海江田大臣の5月2日の予算委員会における説明も、前記認定に照らし事実に反するものであるから、海水注入の指示に関して虚偽の報道発表がされたとの事実の摘示についても、その主要な部分において真実と認められるというべきである。

 したがって、本件記事が、控訴人の「間違った判断と嘘」について国民への謝罪と任を求めるという意見・論評の表明の前提どして摘示する事実については、その主要な部分について真実性の証明があるというべきである。


(4) 控訴人は、本件記事に記載された事実のうち、本件記事に記載された事実のうち、海水注入の開始後に官邸へ報告があったこと、それについて控訴人が「俺は聞いていない」と激怒したこと、官邸から東京電力への電話で一旦開始された海水注入が中断したこと、実務者、識者の説得によって海水注入が再開したこと、海水注入を止めたのは控訴人であったことは、いずれも摘示された事実の重要な部分として、真実性の証明の対象となる旨主張する。

 しかし、本件記事が最も問題視している点は、前記3(1)判示のとおり、控訴人の指示により1号機への海水注入が開始された旨の虚偽の報道発表がされていることであり、本件記事はこれに加えて、控訴人が海水注入を中断させたことを「間違った判断」であると評価して、「間違った判断」と虚偽の報道発表について国民に謝罪し、内閣総理大臣を辞任すべきとの意見を表明したものであり、1号機への海水注入に関して、内閣総理大臣としての「間違った判断」があり、虚偽の報道発表をしたとの意見・論評の表明がその社会的評価を低下させるものと認められることは前記3判示のとおりであるところ、これを前提として判断すれば、本件記事における意見・論評の前提となる事実の主要な部分について真実と認められることば前示のとおりである。本件記事に記載された事実のうち、海水注入の開始後に官邸への報告があったこと、それについて控訴人が「俺は聞いていない」と激怒したこと、海水注入が実際に中断したこと、政府の職員などの官邸の関係者が東京電力に電話をしたこと、実務者、識者の説得によって海水注入が再開したこと、控訴人が海水注入を実際に中断させたことは、内閣総理大臣である控訴人について、1号機に対する海水注入の指示に関する「間違った判断」と虚偽の報道発表について謝罪と辞任を求める本件記事においては,意見・論評の表明の前提として摘示された事実の主要な部分をなすものではないというべきである。

 また、控訴人は、控訴人は海水注入についてはもともと了承しており、海水注入の準備が整うまでの間に塩による腐食の問題を検討するようにいったにすきず、再臨界の間題は海水注入とは関係がない旨主張し、東日本大震災復興特別委員会議録(甲11)及び控訴人作成の陳述書(甲19)にはこれに沿う記載がある。しかし、少なくとも本件会議に参加した海江田大臣、細野補佐官、貞森秘書官及び武黒フェローは、控訴人の質問の趣旨を海水注入によって再臨界するおそれがないかと問うものであると理解したこと、細野補佐官及び貞森秘書官は,斑目委員長の回答を聞いてこのままでは海水注入ができなくなってしまうと懸念し、散会した後、改めて海水注入しても再臨界するおそれがないことを説明することにしたことが認められることは、前記2認定のとおりであって、これらの事実に照らし、前記会議録及び陳述書記載は採用することができない。したがって、控訴人の前記主張は採用することができない


(4)以上のとおりであるから、被控訴人が本件メールマガジンに本件記事を掲載して公表した行為については、公共の利害に関する事項について、内閣総理大臣である控訴人の行動についての事実の摘示を前提として、原子炉への海水注入に関する「間違った判断」と虚偽の報道発表について国民への謝罪と辞任を求めるという意見・論評の表明であるところ、その前提として摘示された事実のうちの主要な部分は真実であるものと認められる。そして、本件記事の内容は、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものとは認められない。したがって、控訴人が本件記事を公表したことについては、違法性を欠くものというべきであり、本件メールマガジンの配信が控訴人に対する名誉毀損に当たることを前提とする控訴人の請求は、理由がない


5 争点3(本件記事を被控訴人の管理する本件サイトに掲載し続けたことが不法行為に当たるか。)について


 前記2(7)認定の事実によれば、被控訴人が本件記事を公表した5月20日の後、5月26日に東京電力は3月12日の海水注入は中断していなかった旨の事実を公表し、遅くとも5月7日の報道によりこの事実が国民に広く知られるようになった事実が認められる。
 しかし、本件記事の内容について、意見・論評の表明の前提として摘示された事実のうちの主要な部分が真実であると認められ、本件記事をメールマガジンとして配信したことについて違法性を欠くものであることは、前示のとおりであるところ、本件記事を本件サイトに掲載したことについては、あくまで、メールマガジン記事として配信された5月20日当時の記事として、他のメールマガジンに掲載された記事とともにバックナンバーとして本件サイトに掲載されていたというにすぎず、被控訴人が本件記事を本件サイトに掲載し、これを継続したことについて、不法行為が成立することはないというべきである。

 したがって、この点に関する控訴人の請求も、理由がない

 

6 結論

 

 以上のとおりであるから、控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

 

東京高等裁判所第14民事部

裁判長裁判官 後藤 博
裁判官    小池 晴彦
裁判官    大須賀寛之